”もしかして アン?”
彼女は ふと 一瞬考えたのちに”Namiね! 何という偶然かしら”
そのとおり そのひとことでしかいいようが ない、こんなことってと 那美は 心の中で つぶやきながら カナディアンのあたたかいハグを 楽しんだ。
何しろ、この地球上には20000以上のクルーズがあって、 400くらいのクルーズ船があって、一隻のこの船の中でも 3000人のお客が乗っていて 一日中 船内を 移動している私が 彼女に会う確率の低さを おもうと 神が本当に引き合わせたんじゃないのとしかおもえないことなのだ。
おもえば、3年前 仕事に余裕の出てきた 鷹也に さそわれて
はじめての クルーズに乗ったときのことになる。
横浜から出る船に 大桟橋から乗船するために 日本大通りの駅から 迷いながら歩いてきたが、 何しろ横浜にとんと 縁がないので よくよく調べたつもりで、 結局方向をまちがえて、大回りになってしまった。
ちがうんじゃない?と きがついて 戻ってくれば、スーツケースを持った人の流れが あるのに気が付いて ながれに合流する。
ネットでいろいろ調べた情報では とてつもなく大きいビルディング並みの船という。見えてくるかなと期待していたのに 建物や 並木や橋のような構造物にさえぎられて なかなか見えてこない。
とすると、大桟橋への道が ぐっと開けたときに それが 眼に入ってきた。
おとぎ話の海賊船のようではないけれど、那美の中では十分、おとぎ話化してしまいそうな 真白の船が そびえていたのだ。ざっとみて 13階以上はありそうだ。
”へええ すごいね、きれいきれい”
それまで そんなに乗り気じゃなかった 那美の胸の内で 何かがはじけた。そして あたらしい、なにかが 急激に膨らんでいった。
桟橋の中には たくさんの人が乗船の手続きを待っている。
入り口の車回しには 続々とタクシーやバスもきて、どんどん人は増えてゆく。
こんなに乗れるのねとおもうと、 先程から 膨らんでいるなにかが どんどんおおきくなってくる。今思うと、あの時、中毒したなと 那美は 思いかえすことがしょっちゅうあるのだが、 ほんとにドラマの運命的な出会いの様だったのよと うれしく受け入れてしまうのだ。
クルーズという言葉もほとんど聞いたこともなく、船にも旅自身にもイメージすらなくここまで 来たけれど、 この魔法の世界からやってきた 豪華客船に すっかり 呪いをかけられてしまったのだ。
呪い・・・まさに 言い出しっぺの鷹也ならいいそうなことだ。
ほんにんはひょうひょうと 旅行会社にも行き、様々な手配を すませて 今もご機嫌よくニコニコ桟橋を上っている。
今回まったく意図せずに この アルカディアクルーズのパールスター号の リニューアル後のバージンクルーズに のることができるのだ。
いつもなんとなく その辺が ラッキイな 鷹也の 御利益と思って 夫婦趣味が そろってよかったなあと しみじみしてしまう 那美である。
いずれ 彼も自分の仕事にみきりをつけて リタイアライフに なるし、そうなったら 二人で世界遺産回ろうかと 月並みな未来予想も話のタネに なるこの頃である。みまわせば 同年齢のカップルのおおい 受け付け待ちの簡易椅子。
人数的に目立つのは 大柄なオーストラリアやアメリカ人と思しき カップル。
日本人もおもったより カップルが多い。やはり クルーズに乗るのは
気分のそろった 二人連れが いいのかもしれない。
待合いでまつひとを ぬけて いくのは やはり何らかの スペシャルティの資格のある人達だろう。整理券の順番がよばれ はりめぐらされたついたての 中へと入っていくとずらっとならべた会議テーブルのうえに ノートパソコンをならべて スタッフが客の手続きに大忙し。おおよそ30番くらいの番号札が立っている。
それはそうだ、3000人ちかく 乗船手続きだし、これだけでも 見ものと 那美は うきうきとみまわす。
”こちら24番へどうぞ” よばれて 進み出ると 日本人の女性スタッフが 迎えてくれる。
”ようこそパールスターへ、 パスポートとチケットをお願いいします”
横浜から出て日本を回るのでも 乗船時から アメリカに行くことになるのでパスポートは必須、もうこの瞬間から海外旅行となるのである。
そのまま パスポートは船に預け、番号のつい預かり券をうけとり、pcとチケットを照合して お部屋番号を 教えてもらい 船内案内図のついた 小さいケースにルームキーとなる クルーズカードを入れてくれる。
”いってらっしゃいませ”
そこを過ぎると 待ち受ける船のよこ腹にむかってゲイトに進む。
ニコニコ顔のスタッフがカメラをもって 船のかかれた 背景に おいでおいでと呼んでいる。
写真の苦手な 二人なので えええと パスしたいところだが まあ どうせ記念と背景前におさまって 一枚とる。いがいと、いい写真かもしれないよと いう鷹也にいいよいいよと こたえながら 那美は桟橋からわたるドアをすぎる。
なんだか 急に子供のころの遠足の前の胸の高鳴りが返ってきたと
”いよいよね”と 力の入った念押しを しながら 船へと渡っていく。
まだギャングウェイなんて言う言葉も しらなかった ルーキークルーザーのはじまりの クルーズ。
魔力満載のクルーズのきらきらの ロビーに すいこまれてしまったのだ。
一生のろわれてしまったとは 気づかなかった はじまりだった。