小説クルーズパラダイスーお姫様ライフなクルーズ船

”何でもおいしそうで なかなか、きめるのが大変ですよね”

”そうですよねーじっくり メニューと相談してるんです”

と かえしながら、オーダーをしている那美の向こうでは”日本酒はあるかい?”

岐阜から来ているという 60代のご夫婦のご主人が ウェイターにたずねている。

”あります、大きいのどうです? いっしょびんね。やすいね、まいにちのみますか?”

どうも ボトルキープのおすすめの様だ。ワインの好きな鷹也もちょっと関心持って きいている。

色々聞いて 頼んでみることに、したらしい。隣の一人旅らしい女性が ”日本酒までのせているんですね~それも一升瓶”と 面白がりながらも感心する。

”ねー、本当に、日本発だからじゃないですか、めしあがられます?

と 返す、那美に 少しは飲みますが、わざわざ、こんなところでどうかしらと

楽しそうにくすくすしている。

”一人で来ていますから 酔ったりしてはたいへんでしょう、ねえ”

那美は日本酒は飲めないほうなので 強そうにいつも思っているので それはそうだとうんうんと うなづき、

”おひとりですか?どちらから?

”神戸です、母を誘ったのですが 船は酔うかなとことわられまして、わたしが チェックしていくことになっているんです。大きい船は よわないって ネットなんかでも書いてありますけど、じっさい行ってみないとね。

”そうですよね、そういうかたおおいですよね。私たちは 東京からです

そうこうするうちに 食事が 運ばれてくる。

どれも美しい、盛り付けが シンプルな ロゴ入りの白い大皿の上で おいしいのよと 自慢げにのっている。

“なかなですな、うわさにはきいておりましたが、やはり高級ホテルのレストラン並みの 食事を海の上で だすんですな”

日本酒のご主人は ニューヨークカットステーキが 気に入ったらしく ご機嫌である。

”ですよねー これだけの人数ですから大変ですよね、それにしても スープはしっかりしていたな、ちゃんとアスパラがはいってたきがしますね。

と 鷹也も同意することしきりである。

”ほんとうにね、おいしいものをいただけて こんなに立派な船で 何もしないで リゾートライフなんて 主婦にはゆめのようですわ。

ミセスのほうも 丁寧に調理されたスズキのグリルのソースを味わいつつ、しみじみうっとりの気分である。

那美もおなじように、船は 何とらくなのかと 思いはじめていた。

鷹也も那美も旅行好きなので あちこちずいぶん出かけているが フリーで行けばついつい 食事のことは考えてしまう。主婦にはこびりついた宿命で 朝を食べれば次の昼を、昼を食べれば 次の夜をというように 常に考えてしまう癖になっている。

ツアー旅行では ついてはいても時間がなくゆっくりできなかったり、 作り置きの料理をまとめて 食べさせられるような パターンが多い。

船では 時間に行きさえすればおいしい食事がサービスされるのである。

別にご飯目当てで乗っているわけではないけれど、人間腹のおさまりは大事であるし、

上げ膳据え膳は 昔からの主婦の夢である。

そして、 しなくてはならないのは 着る物のことを考えるくらい。

子供のころ、お姫様のように、何もしないで ドレス着て、遊んで暮らしたいなといっていたら、母にお姫様は しちゃいけないこともたくさんあるし、好き嫌いも言えないし、そんなところでごろごろできないからいいことなんかないわよと

よくいわれたものだ。

そうすると、この船の生活、きれいな服(好みによるが)着て、食事は たべさせてもらえて、遊んでいればいいというのは 究極のお姫様ライフじゃないと 那美の胸もときめきだす。

ああどうしよう、はまってしまいそうな自分が怖い 

セビーチェのドレッシングに舌鼓を打ち コンソメチェックもよし、 チキンの焼き上げと柔らかさの 具合がよくて 添えられたローズマリーが 風味よく、再度ディッシュのマッシュドポテトが禁断の糖質なのにもかかわらず、悪魔のおいしさである。

”なんでも おいしくていいなあ”と 鷹也もつぶやく。

となりのおひとり様レディは メニューがきまって 向こう側のやはり一人で来ているらしい、男性に気軽にこえをかけている。

男性のほうは ちょっと、人見知りらしく、 ええ、はあと うけている。

初日のテーブル、 社交生活になれない日本人テーブルは なんとなく、面はゆく、そう、話も弾まない。

外人のテーブルは 笑い声もたっているようである。

まだ、初めての夜、でも これからどうなるかしらと 那美の興味もいろいろ移っていく。

鷹也ほどでもないけれど、 そんなに引っ込み思案ではないから 大丈夫だろうと 飾られた生花のうえから テーブルをみわたした。

 

小説クルーズパラダイス―クルーズライフ初体験満載

はじめてのディナー。

8階の部屋から、5回後方のレストランには 階段で行けばすぐである。

那美たちは 遅い時間の 食事をとってあるので 8時からのディナーに 行けばよいので とりあえず、荷物の片づけをおえた。

9日間のクルーズだが フォーマルナイトも2晩あるらしいし、夕食時には やはり、着替えたいので なんだかんだと荷物が多い。

那美などは 慎重派なゆえに 何か、汚したらとか、着れない事態が発生したらとか、あつかったら、寒かったらとどんどん、増えてしまう、いつもの 荷物である。

大したもので、インサイドのいわば、飛行機なら、エコノミーにあたるような部屋なのに、クロゼットなどの収納力は しっかりあるようだ。

ハンガーにずらりとかけてならんだ 服の中からちょっと おとなし気な 紺のジャージーの7分袖のワンピースを選んで 那美は 着替えた。

”エー、何きようかなぁ、”

何時も、支度に時間がかかるのは しゃれものの 鷹也である。

別に、すごい、ファッショナブルなものを着るわけではないが、ジャケットだの。シャツやパンツに結構こだわりがあるらしい。

でも、買うときに気に入った物から買ってしまうので あとから 組み合わせが むずかしく、那美に、アドバイザーを 頼むのがつねになる。

色も男性特有の色弱があるらしく 紺と黒の判断がつかないので 色合わせにうるさい、那美のチェックを とおしてやらなくてはならない。

そんなこんなで 鷹也も ちょっと 光沢のある紺のジャケットに シルバーグレイのコットンのパンツにきめて 何とかしたくができあがった。

と、出たところで ターンダウンに来たマリアと鉢合わせになる。

”Good eveningマリア!”と ニコニコとあいさつをしてくれる彼女に、にっこり返しながら、船内新聞の英語と日本語を1部ずついれて くれるようにたのんだ。

途中 キャビンを回っていくスタッフや 食事に行く人と ずっと、

”Good evening”と いい続ける。那美は心の中で 今までの人生の なかで いったより、多くこの移動中に行ったような気がすると 何だか感心する。

遅いディナーは ショーとの兼ね合いが難しく今日は 10時からがあるので、そちらに行くことにして とりあえず、レストランへ向かうことにした。

5階までカーペット張りの階段をおりて 行くとやはり、海外からのお客は いかにもな夜の服装に着替えている。

レストランポセイドンの入り口前は 初めてのディナーの客で 列ができていた。

タキシードとベストのスタッフが それぞれのクルーズカードに書かれているテーブルをみて 案内している。

”Good eveningマダム(まだぁむときこえる) 彼についていってください。

タキシードの上級スタッフにうながされて

レストランの中を進んでいく。たしかカードには 174とか書いてあったっけ、

どのあたりかな、窓際だとラッキだけどなどと かんがえているうちに きらびやかにセットアップされたテーブルの隙間を縫って ちょっと奥寄りの円卓に案内された。すでに日本人のカップルが二組ほどせきについて メニューを眺めている。

ざっと目を走らせた感じでは 8人テーブル。カップル4組都いう計算でゆったり座れるしつらえだ。

ここでも、とびかうGood eveningで すきっとした アジア系のうぇうたーが進み出て椅子を引いてくれる。

“nice meet you 私は 担当のサイモンです。マダム。ポセイドンへようこそ”

きれいな歯並びで にっかりわらった ウェイターの好青年。名札にはフィリピンとある。

那美はよろしくと笑みを返しつつ、先にきていた 2組のカップルに 今晩はと声をかける。鷹也も椅子に掛けながら よろしくといつもの愛想のよさだ。

直ぐに、残りの二人も現れた。こちらは一人で、来たので、 カップルではないらしい。

となりのリタイア世代らしいカップルに鷹也は さっそく、”どちらから?とか 話しかけている。

さて メニューを渡された那美は さすがの 評判通りの 高級レストラン風な 内容に 予想はしていたけれどやはり ちょっと驚いてしまう。

なんにでもちょっと 驚きを感じる自分が ちょっと かっこわるいなどと 独り言ちているのだが センシティブってことねと 自己完結を図るしかない。

薄い黄味の強めな 紙に 書かれた 、オードブル、メイン、本日のパスタ、スープなどに 眼を走らせて とりあえず エクルビスのセビーチェ、ビーフのダブルコンソメと 決め、コスレタスのサラダはドレッシングなしにしてもらい、メインは チキンのグリルを頼んだ。

鷹也は やはりセビーチェと アスパラガスのポタージュ、ニューヨークカットステーキを 頼んで ワインのリストを 頼んでいる。アシスタントウェイターのシンシンと紹介された 真面目そうな ごく若いひとと 熱心にメニューを見ていたが けっきょく、ソムリエらしきこれは ヨーロッパ系のウェイターがやってきた。

”サー、 何を召し上がります?

”ステーキなら 今日のメルローは いかがでしょう、フランスのものです。

いまきづいたが ソムリエは 英語だが、 ヘッドの サイモンはそういえば 日本語が流暢だったと那美は へええと またも思ってしまう。

シンシンは英語だったけど 今晩はといったようなきもするし、 さすがに日本回りのクルーズは 日本語の分かるスタッフがいるわけだ。

那美はもうはなから アメリカの船=英語の 頭になっていて 実は メニューのやり取りも今思えば 那美英語、サイモン日本語のおかしなことになっていたのだ。

ほかのテーブルメイトは 日本語で オーダーをしている。

というより、ゆびさしで これこれといえば はいわかりましたと サイモンが受けるので 順調に数んでいく。レストランの中も 客はほぼ入り終わり、柔らかめのライトの中を 行きかう ウェイターたちのベストが 時々光っている。

目の前には きちんと並べられた 皿と グラスに ナプキンをかけられた パンのかご。バターは 銀のバター入れに 角砂糖のように乗っている。

ソムリエが ワインを持ってきて説明をしている間に隣の一人で 来た女性が 声をかけてきた。

小説クルーズパラダイス―横浜から南へ出港

“いやいや~ なかなか まじめな訓練だったねー こんなに本格的にするとはしらなかったよ。海軍のようだよ、さすが船旅だな。”

鷹也は あたらしい体験に興奮気味、那美も このちゃんとした避難訓練に 驚きはやはりかくせない。

”ほんとよね、 背の順にならばされたり、全員揃うのがこんなに大変とは おもわなかったわ、結構たたされてるじかんがながくて 年配の人なんか気の毒だったよね。小さい子も退屈しちゃうし 真剣なものだってもっと のる前に 触れ込んでおいてもいいかもね”

3000人もの乗客なので 一か所ではなくあちこちを マスターステーションときめて そこに集まるのだが なれて さっさと 行動する人ばかりでは なかったので 人数確認に時間が けっこう掛かった。若そうな外人や日本人のスタッフが何人もで 無線で 連絡しあっていたが なかなか始まらないし どうしていいかわからないので みんな何となく手持ち無沙汰に待っている。

しばらくして集まったグループの中で 背の順にならばされて 数を確認していた。クルーズカードは 読み取り機にかけてあるので、ずいぶん念の入った感じだが、クルーズ船はめったに事故を起こさないし、トラブルも少ないけれどもしものことは いつも考えているのかもしれない。

そう思えば 安心なので、我慢我慢とまじめな那美は あくびをおしころした。

結局、日本人のグループが 代表だけ参加すればよいとかんちがいして 集合場所に来なかったらしく、 集まっていた仲間の携帯で 連絡がついて うまくおさまった。

日本は ほとんど発着クルーズなどなくて わけのわからない乗客がおおかったから 仕方がないにしても なれた方には 申し訳ない話である。きっと

添乗員も旅行会社もよくわかっていなかったのだろうから この先よく 客に教えておいてほしいと思う。

”そろそろ 出港かな ベイブリッジくぐるの 見に行こうか”

二人は 部屋にライフジャケットをもどして またエレベーターに向かう。

だいたい部屋の位置は 船の前方に三分の二ほど言った部屋なのだが 3か所あるエレベーターの一番近いところでも けっこう距離があるのだ。

船は出港近くらしく、 エンジンの振動が つたわってきている。

エレベーターは 上に行く客で結構な混雑だったが なんとか のせてもらって

プールのある14階にあがって みんなで どっとおりて デッキサイドへ向かう。

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大きな汽笛をならして 船が 進み始める、数分で ベイブリッジをくぐるのだが プールサイドのでは バンドの演奏で スタッフと乗客が 踊っている。

これがウェルカムアボードパーティらしい。

“ほら上、うえ”

とすると デッキ中の人が 上を向く、そこには ベイブリッジがあって すれすれに 通り過ぎるので イベント状態になっているのだ。

わぁぁ~と 歓声とパラパラ拍手も沸き起こる。通りすぎて入港したから出られるのは当たり前と思ってい那美に 潮位で高さが 変わるからね けっこうリスキーだよと 鷹也が講習してくれた。なんでもよく調べる男なのである。

そっかーと うなづきつつ海原に目を移すと 暗くなりつつ海の向こうにある陸地を前景に夕日は沈んでいこうとしている。

海風もそろそろ、冷たい。

入って食事に行くしたくしなくちゃと 景色に 浸っている鷹也を促して

デッキを歩き始めた。

小説クルーズパラダイス―クルーズライフルーキー

那美も鷹也も旅行に出るのに 豪華なホテルなどにはあまりこだわらない。

国内などは 駅前のビジネスホテルをとるほどだ。

なので 結婚式のし出席とか 友人とランチなどの時以外は 都心などの高級ホテルに足を踏み入れることも ほとんど ない。

で、この 乗り込んだ世にいう豪華客船の豪華さは どうだろう。

本当に船とは思えない空間の広がりに 宇宙の星空のような 装飾の 広い吹き抜けが広がるロビー。

”へえーすごいね。うわさどおりかな”

”ほんとよね”と カーペットの引き込まれた ホールの中をエレベーターにすすんでいくと これもまた ガラス張りの鳥かごのようなかわいらしい形で すうぅと上下しているのが みえる。

カーペットの淡いベージュにあわせた 少し光沢を抑えた金色のドアのエレベーター。

乗り込むとやはり荷物を持った外人のカップルが ”ハロー”と にっこりする。

同年代くらいの 大柄の二人が 腕を組んで乗り込んでいるのが愛らしい。

こちらも”ハーイ”と かえして にっこりする、コミュニケーションの一歩目は これである。

わたしたちは8階のドルフィンデッキ。あちらも同じ階らしく8階ボタンが 光っている。

4階のフロント前から入ったので 4フロアーほどほかに止まることもなく

上がって

”ドルフィン”という 音声で空いたドアから 降りるとあちらは反対側のデッキらしく別れ際に”Have a nice day!”とこえをかけてくれた。

そこで”You too!”とかえす。コミュニケーションです。

やれやれ、ながい廊下だねと つぶやく鷹也のほうを見返せば 確かに 果てが見えないくらいの廊下が つづいている。

わたしたちの部屋は 番号から行くとずいぶん前なので、 だいぶ行くことになる。

それでも、ひっぱっているキャリーが動きにくいほどのカーペットのひかれた 廊下はここもなかなか 豪華である。

通り過ぎるドアの横に レターラックがあり部屋番号が書かれているので それを見ながら進んでいって 5分は歩いたとおもいながら、クルーズカードを差し込んで ドアを開ける。

インサイドキャビンを選んだので、窓はなくなどに当たる部分が鏡になっていて

反対側のテーブルの上の鏡とあいまって、部屋が広く見えた。

何時も、適当にとまっている、ビジネスホテルなんかよりは とてもいい部屋である。

ドア付近は狭いが 入ってすぐの壁に収納や金庫があり 反対側はシャワールームとトイレと洗面台がコンパクトに収まっている。

そのほかにウォーキングクローゼットがあって たっぷり服がかけられるようになっている。

この仕様、初めて見たときに、便利さに感動したのを那美はよくおぼえている。

なにしろ、スーツケースの中身が 空にできるのだ。

ツアー旅行で 海外もずいぶん いったふたりだけど、たいてい、旅行社の主催するツアーはとても忙しくスーツケースも出すのは必要品くらい、夜討ち朝駆けならぬ、夜ついて朝早く出発で エジプトのアガサクリスティのとまったというホテルに行ったときも 建物の姿も見ることができなかったくらい。

荷物全部だして ゆっくりしていってねといわれているような 気がしてくる。

きれいにメイクされてあるベッドの上には 今日の船内新聞 オンザボードが置かれ、小さなカードに パールスターにようこそ!とかかれたものがそえられている。

先に宅配便で送った荷物は まだ届いていないようだ。

これも船の感動の部分。海外旅行で 成田に行くのにも 最近は 宅配で空港まで おくれるが、 飛行機には 自分でのせなければならないしテロ以来の厳しい重量制限もあるし、液体の管理もうるさいし、おりてもホテルまで 引きずっていかなければならない。

横浜出発のクルーズは 家から宅配で部屋まで 届くのだ。桟橋ではなく部屋まで届くので、あとは残りを自分でもてるぶんだけにすればいいし、重さ制限もないのである。帰りだっていざとなったら部屋から段ボールで出して そのまま宅配でおくればいい。

那美は普段から 小さく荷物をまとめるのが 苦手で つい心配になってあれこれ入れてしまうので このいくつ持って行ってもいいのが いたく気に入った。

鷹也は”そんなに何、持ってるの、9日間だよ”と うるさくいつもいってくる。

鷹也自身は芸術的なほどにパッキングがうまく、荷物も少ない。なので 半分呆れた雰囲気で いつもそういってきて 那美を いらいらさせる。

実際は 那美の大荷物の中のウィンドウブレーカーを貸したりしているんだけど

結局、殿様感覚の強い鷹也に その点を突っ込んだ言い返しをすると とんでもない反応が 帰ってくることがわかっているので 、

”いいの 荷物が多いのが好きなの”と できるだけいなして 自分のいらいらは しょうがないわ袋にしまってしまうのである。

結婚生活も長くなるとこのような 袋を 持つことが できてくるものなのだ。

とするとノックがされて ”ハウスキーピング”と こえをかけてきたので 開けると 可愛いエプロン姿の女性が にこにこしている。

彼女は この部屋の担当で マリアさんといってペルーから来ているらしい。

可愛い、ワンピースの制服にしっかりアイロンの利いたエプロンをきりりとしめてなんだかやるきまんまんの お嬢さん。頼りになりそうなかんじである。

なにか、あったら言ってくださいと たどたどしい、日本語で 自己紹介と 非常訓練のお知らせをしてくれた。

ふと横を見るとドアわきに スーツケースが届いている。

”ありがとう よろしくね”と ドア横のスーツケースを取りに行く鷹也のためにドアを ささえながら いう那美に きゅめいどうきはわすれないでと 金庫の上のオレンジ色の ライフジャケットを さししめして マリアは となりの部屋の移動していった。

”ちゃんと届いてよかったねー”とさっそくベッドの上にスーツケースを広げて 鷹也が 喜んでいる。

那美派クローゼットのほうで 広げようかと思っていたが おもいなおして 船内新聞を手に取った。

”これね、4時45分に 集合場所のステーションに集まるらしいわよ、必ず全員参加なんですって、で 場所はね ドアとクルーズキーにかいてあるんだって、”

確かにカードには ステーションAとある。そしてドアにはよくホテルなどにもある非常経路のような図がかかれていた。

”トイレ小さいねーシャワールームも 狭そうだなー”ペシミストの鷹也チェックは

バスルームでシェーバーなどを 並べながら声をかけてくる。

”ま、船だからね、あるだけまし”と返す那美は 訓練の説明文を読みながらいった。

英語の実力は那美のほうが 上なので あっちこっちで 添乗員の役をするのは 那美の旅の日常なのだ。

窓がないので、時間が良くわからないのだが 時計を見ると そろそろ、2時をまわるころだ。

”ねえ荷物適当にして 上にお茶のみに いってみない?”

いこういこうと いう鷹也にクルーズカード大丈夫と念を押して 二人は 部屋を出た。

クルーズカードは 旅行会社から送られてきたホルダーにいれて 首からかけてもってあるく。

何が大事といって 船の中でも外でもとりあえず一番大事なのは クルーズカードである。

部屋から出た二人は 一瞬どっちだっけと 見まわし、こっちと 来た方へ 歩きエレベーターへむかった。後ろの方で マリアが別の部屋に声掛けをしているのが聞こえる。

なかなかいいじゃない 那美は 胸が 高鳴るのを聞いていた。

小説クルーズパラダイス―クルーズの呪い

”もしかして アン?”

彼女は ふと 一瞬考えたのちに”Namiね! 何という偶然かしら”

そのとおり そのひとことでしかいいようが ない、こんなことってと 那美は 心の中で つぶやきながら カナディアンのあたたかいハグを 楽しんだ。

何しろ、この地球上には20000以上のクルーズがあって、 400くらいのクルーズ船があって、一隻のこの船の中でも 3000人のお客が乗っていて 一日中 船内を 移動している私が 彼女に会う確率の低さを おもうと 神が本当に引き合わせたんじゃないのとしかおもえないことなのだ。

おもえば、3年前 仕事に余裕の出てきた 鷹也に さそわれて

はじめての クルーズに乗ったときのことになる。

横浜から出る船に 大桟橋から乗船するために 日本大通りの駅から 迷いながら歩いてきたが、 何しろ横浜にとんと 縁がないので よくよく調べたつもりで、 結局方向をまちがえて、大回りになってしまった。

ちがうんじゃない?と きがついて 戻ってくれば、スーツケースを持った人の流れが あるのに気が付いて ながれに合流する。

ネットでいろいろ調べた情報では とてつもなく大きいビルディング並みの船という。見えてくるかなと期待していたのに 建物や 並木や橋のような構造物にさえぎられて なかなか見えてこない。

とすると、大桟橋への道が ぐっと開けたときに それが 眼に入ってきた。

おとぎ話の海賊船のようではないけれど、那美の中では十分、おとぎ話化してしまいそうな 真白の船が そびえていたのだ。ざっとみて 13階以上はありそうだ。

”へええ すごいね、きれいきれい”

それまで そんなに乗り気じゃなかった 那美の胸の内で 何かがはじけた。そして あたらしい、なにかが 急激に膨らんでいった。

桟橋の中には たくさんの人が乗船の手続きを待っている。

入り口の車回しには 続々とタクシーやバスもきて、どんどん人は増えてゆく。

こんなに乗れるのねとおもうと、 先程から 膨らんでいるなにかが どんどんおおきくなってくる。今思うと、あの時、中毒したなと 那美は 思いかえすことがしょっちゅうあるのだが、 ほんとにドラマの運命的な出会いの様だったのよと うれしく受け入れてしまうのだ。

クルーズという言葉もほとんど聞いたこともなく、船にも旅自身にもイメージすらなくここまで 来たけれど、 この魔法の世界からやってきた 豪華客船に すっかり 呪いをかけられてしまったのだ。

呪い・・・まさに 言い出しっぺの鷹也ならいいそうなことだ。

ほんにんはひょうひょうと 旅行会社にも行き、様々な手配を すませて 今もご機嫌よくニコニコ桟橋を上っている。

今回まったく意図せずに この アルカディアクルーズのパールスター号の リニューアル後のバージンクルーズに のることができるのだ。

いつもなんとなく その辺が ラッキイな 鷹也の 御利益と思って 夫婦趣味が そろってよかったなあと しみじみしてしまう 那美である。

いずれ 彼も自分の仕事にみきりをつけて リタイアライフに なるし、そうなったら 二人で世界遺産回ろうかと 月並みな未来予想も話のタネに なるこの頃である。みまわせば 同年齢のカップルのおおい 受け付け待ちの簡易椅子。

人数的に目立つのは 大柄なオーストラリアやアメリカ人と思しき カップル。

日本人もおもったより カップルが多い。やはり クルーズに乗るのは

気分のそろった 二人連れが いいのかもしれない。

待合いでまつひとを ぬけて いくのは やはり何らかの スペシャルティの資格のある人達だろう。整理券の順番がよばれ はりめぐらされたついたての 中へと入っていくとずらっとならべた会議テーブルのうえに ノートパソコンをならべて スタッフが客の手続きに大忙し。おおよそ30番くらいの番号札が立っている。

それはそうだ、3000人ちかく 乗船手続きだし、これだけでも 見ものと 那美は うきうきとみまわす。

”こちら24番へどうぞ” よばれて 進み出ると 日本人の女性スタッフが 迎えてくれる。

”ようこそパールスターへ、 パスポートとチケットをお願いいします”

横浜から出て日本を回るのでも 乗船時から アメリカに行くことになるのでパスポートは必須、もうこの瞬間から海外旅行となるのである。

そのまま パスポートは船に預け、番号のつい預かり券をうけとり、pcとチケットを照合して お部屋番号を 教えてもらい 船内案内図のついた 小さいケースにルームキーとなる クルーズカードを入れてくれる。

”いってらっしゃいませ”

そこを過ぎると 待ち受ける船のよこ腹にむかってゲイトに進む。

ニコニコ顔のスタッフがカメラをもって 船のかかれた 背景に おいでおいでと呼んでいる。

写真の苦手な 二人なので えええと パスしたいところだが まあ どうせ記念と背景前におさまって 一枚とる。いがいと、いい写真かもしれないよと いう鷹也にいいよいいよと こたえながら 那美は桟橋からわたるドアをすぎる。

なんだか 急に子供のころの遠足の前の胸の高鳴りが返ってきたと

”いよいよね”と 力の入った念押しを しながら 船へと渡っていく。

まだギャングウェイなんて言う言葉も しらなかった ルーキークルーザーのはじまりの クルーズ。

魔力満載のクルーズのきらきらの ロビーに すいこまれてしまったのだ。

一生のろわれてしまったとは 気づかなかった はじまりだった。

 

家族旅行の勧め―子供を留学させたい大人へ

つい昨日のニュースで ながれていましたが 世界的に認められる科学の論文が多く発表される数のランキングで 今まで結構低かった中国が 2位にランクインしたそうです。1位は変わらずアメリカで、日本は9位だとか。

別にランキングはそれはそれで 良いのですが、ノーベル賞を受賞された先生が

この先の日本の科学者の事情について 危機感を抱いているとおっしゃったそうで、

コピペで論文書いてしまうような 大学生のおおい、日本の教育現場を考えれば

さもありなんという感じ。

受験勉強が勉強であるという感じで、 教育を子供に施していますから、研究者が 出にくいし、国も企業も経済のことを考えた投資にしか興味がなく、基礎科学の分野には 資金不足に悩んでいる現役の研究者が多いと ききます。

中国は 人間が多いので 才能のある人もその分、発掘されればでてきますし、

政府も科学を 推し進めたい、教育を したいとおもっているようです。

その上、華僑の文化もあるせいか、留学も盛んで、 アメリカなどで、勉強してくるひともおおいし、

出来上がった研究者も潤沢な 研究費を提示されてあつまってきます。

全ての環境が整いつつ あっての当たり前の順位かもしれません。

日本の若い人は最近外向きでないとかとも聞きます。

うちの子供は ふたりとも30をこえてしまいましたので 若い人とは言えませんし、今どき感覚はよくわかりません。

それでも、私が子育てした時代には バブルのころで海外留学もはやっていて、エージェント会社もたくさんあったし、 行く子供も結構いました。

でも一時的な ホームステイや語学留学もおおく、 ちゃんと、海外の大学などに入学卒業を する人は なかなかいなかったと思います。

日本では 自覚はないかもしれないけれど、島国で同じ言語の人と似た人の多い環境で よその国に占領(アメリカのは少し違うのでぬいて)されたこともなく、自分たちの中まで 居心地よく暮らしているように思います。

そのなかで 生まれそだった子供は 外に出ないとなかなか、別の文化に触れるチャンスがなく 成長してすごせてしまいます。

テレビやSNSや インターネットなどが あるというかもしれませんが

じっさい海外にいって 自分の足でその地を踏んで、人と話して、自分の眼で 見るそのインパクトは ほかのメディアを通して触れるのとでは 大違いなのです。

可愛い我が子に旅をさせなどと 昔から言われていますのはこういうことでしょう。

何だか、前置きが ながくなってしまいましたが、そこで もし、海外へ 留学させたいと かんがえている保護者が いらしたらということで

まず、もちろん、言葉の心配がありますから、留学先と思しき場所の言語に慣れさせることが必要です。

習得とはいいません。

留学といっても 大学だけでではなく 高校くらいが 一番、ころあいが良いと思いますので、 そうなると まず、自分の第一言語の国語力を きっちりつける必要が あります。

英語を習う時には英語で考えましょうとかよく言われますが どの言語でももとは その本人の持っているネイティヴな 言葉の基礎の上に次の言葉がのってきます。

国語の得意でない子供は 第二外国語を学んでも 習得は むずかしいと思います。

表現力、洞察力、分析力全部、言語の能力にかかっています。

ですので、小中学校時代の国語はとても大切です。

そして やっと来ました。

経済的に余力があるのでしたら ぜひ、家族で 海外の旅行にいってほしい。

できれば 大忙しの観光旅行ではなく、一か所滞在型で 一つの街を 家族で回って楽しむようなのがいいとおもいます。

島などでもいいですね。リゾートなどでも 旅行に着た子供と 遊ぶ体験が できるといいかもしれない。

世界には 日本人以外の人が たくさんいて みんなが それぞれの生活をしていることを みられるのが いいのです。

髪の色も違えば、肌ももちろん違うし、目の色も違うし

でもじゃあ、自分たちと似たアジアの人は 似ているけど 違うとか。

体験で知ることは おおいですし、 いろいろな人がいることに慣れてきます。

海外留学に子供を出したときに 日本人同志で くっついてグループを作るのは よくある話です。

大人でも日本人街とか、中華街とかできるのですから、同志で集まるのは 当たり前ですが、せっかく、海外に出るなら 地球人感覚で暮らしてほしいと思うのです。もちろん、パスポートに書かれている国として相手は みてくるでしょうが、

本人の中では 広く、人間を見てもらうのが いいとおもいます。

我が家では 仕事の関係上、父親が海外でないと 連絡が職場から来て嫌というものですから、早くから 海外、ハワイとかが多いでしたが、連れて出ました。

ハワイでもいろいろなひとはいますし、 声もかけられます。

小さいうちは 安全で 衛生にも 問題のなさそうな リゾート地に行くことが 多かったですが、オプショナルなどは つけずに、できるだけ 現地の観光ツアーに参加したりして、海外に出たときには 外国人の中に入る経験をおおくさせました。

少し、大きくなって衛生面や食事などに気を遣わなくてよくなると エジプトとかケニアとか ペルーのマチュピチュとかの世界遺産などにも連れて行きました。

週一回の英会話くらいは させた後に 男子は 高校留学、女子は 短期留学とインターナショナルスクールだったので、自分の買い物などもさせたこともあります。

なれているので 中学から海外の高校に行くのも

あまり抵抗はなかったようです。ホームステイで いってもらい、 インターネットのない時代だったので、普段はファックスでやり取りし、緊急連絡は国際電話でいた。

今は Skypeもありますし、ネットでとなりにいるように話せるし、チャットもできます。逆に、文句を言いにくくて昔が 良かったようにもおもいます、どちらにしても高校生時代を 海外で送れたのは貴重な経験のようです。

二人とも、大学は 海外で進学し卒業しました。日本が 恋しいという話は

留学中聞いたことはありません。お友達も いろいろな国の人たちで じっさい、留学してきている他国の子も現地の子もいましたから、多く体験はできたようです。

英語圏でしたので英語力は 論文出したくらいですから 問題なく、

一人は 専門職、一人は外資系のサラリーマンをしています。

海外では 子供を一人一人個性とみて 育ててくれます。

出る杭は打たれるようなことはなかったですね。行った先の国にもよりますが。

本人は 自分の教育のために留学しているということをだいぶ、大人になってからは自覚していたかもしれませんが、高校くらいでは ただ楽しんでいました。

日本の文化等はこぼれているかもしれませんが、じっさい、日本で住んでいた若者たちだって文化に通じるわけではありませんし、逆に 海外にいる分自分で、紹介しなければならない部分も あるから 見直したかもしれない。

今の日本の教育法がなんとなく、気に入らない、または 気いなるところがあるとか 思われる方、子供ができたら 考え始めて 家族で 海外旅行を始めましょう。

子供の進む道は 大人が決めてもよいという、子育てをうちではしてきました。

でも、高校以降は 本人にまかせてまったく、大丈夫でした。

あるいみ、おやとしてはおおさぼりだったとも言えます。

その分投資はしましたから、それが活きたと

自負することにしています。

世界の論文は 海賊は成し遂げなかったけれど、英語によって征服されているのがいまの 現状です。

もし、そこへ討ち入る子供にしたければ英語圏をえらんでください。

自立した子供にするために 経験をいろいろさせ、自信のある子にしてやる努力を もって 応援団となりましょう。

島国人より、地球人をめざしませんか。

 





マダムキュリアスの進化お知らせ―クルーズマンズへ

何時も、ご覧いただいてありがたく思っております。

私の体験や 気づきが 皆様の海賊化のお役に立っていると、信じております。

今月後半から、クルーズ系記事を クルーズマンズとのコラボで 探しやすい、

使いやすい状況にすることになりました。

https://cruisemans.com/b/madamcurious

クルーズマンズは ネットの中で 多くの方から集めた情報をいっぺんにみることができる、便利なサイトです。

このマダムキュリアスは これからは クルーズでは ない、旅の情報を提供していこうと思っております。神社などが たくさん、ひかえておりますので。

ぜひ、クルーズマンズのほうでも たくさんの情報をゲットしてください。

私はずっと、海へのお誘いや旅のインフォーメーションなど発信しつづけます。

楽しいクルーズや 世界に であって、人生のぺージがより多く、増えてきますように。

人生たびつづけます。



パーマストンノース―ニュージーランド学園都市の日々

パーマストンノースは ニュージーランドの 平均的な都市といえるでしょう。

おおよそ、とてつもない大金持ちもあまりいないし、とんでもない貧しい人もいないような比較的格差のないところなので 街も平均化するのかもしれません。

でも みんな、ゆったり、くらしています。

福祉の良いところは せかせかしないでいいのでしょうね。

実際は マオリ問題とか 良い医者が 給料の安い無料の医療施設にいないとか

それなりに 問題があるようですが、

若い人でも 気軽に子供を持つし、痴ほうのご老人が うろうろしているのも 見かけない。

暮らしよい雰囲気は 滞在すればするほど かんじます。

もちろん、もっと 良い国も悪い国もあるでしょうが 日本とくらべてみると 個人的には いいなと思うのです。

そして パーマストーンノース、古くは 入植者が入って 開墾し、現在は 前にも書きましたが ニュージーランドで唯一の獣医科系大学の マッセイ大学があります。

そもそも、ニュージーランドには 私立大が 無く 全国で 8個しか 大学はありません。

ニュージーランドでは 全員が 大学に進学するわけではなく 高校の時に 進路を選び、大学進学しない子供は 3年で高校を卒業し 進学希望の子は さらに1年勉強して 望みの大学を受けます。

決して肩書とりではないので 進学しても 卒業後 、就職しにくい場合もあり

うちでも、理科系に進学した上の子供は 就職できずに 帰国して 日本で働いています。

下の子は 専門職系でしたので 選択肢も多くあり いまは オーストラリアで 働いています。

欲にキーウィ―イングリッシュといわれる ニュージーランドの英語ですが キングスイングリッシュに近い きれいなものです。

パーマストンノースにも 大学のほかに多くの語学学校があり 世界各地から 生徒が来ているようです。

学校といえば あちらでは ポピュラーな 職業訓練校も あり 全体に 学生の多い街といいう 感じです。

街の中心地を外れると きれいな住宅街が 多くあり、お庭拝見の 結構なルートです。

街はずれに ヴィクトリアプロムナードという 大きな公園があり

植物園や 子供の遊び場、小さな動物園、大人も乗れるミニ汽車やスポーツグラウンド、プール カフェやなどもあり、 それこそ市民の憩いの場です。

現生の植物を多く植えた 散歩道でも どこでも 多くの ジモティな小鳥に出会えますし、水辺には アヒルやカルガモ(ドこにでもいるんですね)がいたりします。

そこへ行くにも さらに奥の川沿いの大きな散歩道があって そのあたりの水辺には 白鳥や黒鳥や プケコなどという 珍しい鳥も見られます。タカヘにそっくりですが

祖先が同じの違う鳥です。

とり好き動物好きの私は 毎日安いパンをもって とりよせを楽しみました。

歩いていると どこからともなく スターウォーズの 映画できくような 攻撃音がしてきます。

どこかのお家から ゲームかテレビのおとが するのかなと思ったら

これも 鳥の声。

沢山いる原生の トゥイという 黒い鳥が鳴いているのです。

どこも 樹木や花が豊富で 道路のセンターとか 歩道にも並木がありますし、

家もみんな 大きな庭をかまえて 車も数台泊まれるのが普通な感じ。

何ともゆったり感で ほんとにうらやましいですね。

外食は 高くつきますが かわいくて お洒落なレストランもあります。

こちらのエジプト風のところなど 期待して入ったら

中は 暖炉まである 居心地のいいしつらえの 普通のレストラン。

はいってみるまで分からない 面白さもありますね。お味は 結構でした。

街の中にある博物館も ちょこっと びっくりな ものが 壁にあったりして アートな感じ。

2週間滞在しましたが すっかり なじんで しまいました。

一部の街はずれ以外は 治安もよいです。

こんどは いつ来られるかとおもうと 後ろ髪ひかれてかえってきましたが 東京のように 便利でないけれど ちょうどよい大きさと 楽しさがあったと思いますね。

普通の暮らしを楽しめるところというのが一番 近い表現になりそうです。

海外専用プリペードカード








パーマストンノース―ニュージーランドの小粋な町へ―のんびり暮らす旅

羊が人より多い国ですとか、先日の大地震とかヨットレースとかで 名前を聞くことのある ニュージーランド。

ちょうど日本の南半球がわの 反対で 時差もほとんどなく 暖流のおかげで 温暖な気候で 観光に行く方もおおく いらっしゃいます。

ですが ニュージーランドの教育水準が 結構高いのは

あまり知られていません。

イギリス式の福祉政策が とられていますので 教育費や 医療費などが 無料のほか、各種手当が出て 、農産物が豊かで 物価も日本の半分以下。

消費税が15%内税でとられていてもです。

高校卒業まで 無料で 大学に進学したい子供は 国からローンを借りられて

アメリカのように ぎゅうぎゅうでなく ゆったり返せます。

隆起でできた 起伏の多い国土には 数種類の気候があり、 山や氷河や、フィヨルド、温帯のジャングル、きれいな海と 自然にもめぐまれ、現生の生物も 鳥がほとんどで 危険な生物は いませんし 人も押しつけがましくなく 親切です。

ネイティヴのマオリ族と入植してきたヨーロッパ人との軋轢が

尾をひいていることと新しい移民が増えて 都市部は すこし治安が悪いところもあるようです。

ですが、ちょっと外れた 地方の都市は こじんまりときれいで 居心地もよく

ずーといたいなーと感じてしまうようなところなのです。

うちでは ニュージーランドへ留学させて 大学をおえ、すでに社会人になっている

こどもが二人います。

そのうち、下の子が 数年前に大学に通っていた町が パーマストンノースでした。

北島の下の方にあります。

故あって 最初の大学を 一番南の ダニーデンで 終えたのですが

2個目として選んだ 大学の

科目がここにしかなくて 仕方なく移り住んで 3ねん 通ったのでした。

ダニーデンは大きな学園都市で 近くに観光地のクイーンズタウンもあり はずれにしては にぎやかな 街でした。

パーマストンノースは 何にもないよと 聞かされていましたが たずねていって

すっかり 気に入ってしまいました。

規模的には 吉祥寺くらいでしょうか。

もうちょっと、小ぶりかもしれません。

ですが、広い庭のある かわいい家が 立ち並ぶ住宅街や 歴史のある美しいヴィクトリアプロムナードという公園。

小ぶりだけれど しゃれた店が並ぶスクエアという町の中心街。

博物館やアートギャラリーもあり、横断するのに10分以上かかる広ーい芝生。

ニュージーランドで7番目の人口を持つ都市といわれていますが にほんにくらべれば 殆ど人もいない のんびりしたところです。

日本からは まず 直行のあるクライストチャーチやオークランドに飛び 国内線に乗り換えて 街はずれの空港に直接行くこともできますし 一度ウェリントンにいき そこからバスやレンタカーで  移動することもできます。

ホテルは そう多くなありませんが 街の中心部に歩いていくのに 不便のない距離に 何件かありました。

私たちは しないので よくわかりませんが 大きなゴルフ場もあります。

ガソリンは輸入品で ほかのものよりは 高価ですが 日本よりはちょっと安い。先ほど書きましたように 食品なども安く、コンドミニアムで自炊すれば 日本人なら 結構チープに 過ごせます。

外食は 高めですが 分量が多いので シエアして 食べれば いいかもしれません。

道路は 広く 日本と同じ側を車が走る 車は左側通行で 右ハンドルなので ハワイあたり等よりは 楽に運転できると思います。

日本から国際免許証を とっていけば 運転することができます。

ですが、交通法規でランアバウトなで 日本にないものもありますので 注意下調べは必要です。

ご存知の通り、日本の逆の気候なので 日本の2月が 盛夏、8月頃が 真冬くらいです。

盛夏でも乾燥しているので 夜は涼しいくらい、昼間も湿度が低くて過ごしやすい。

冬も雪が降ることもなく 7月で 9度くらい。

冬場は 雨が多くなります。

いくつか語学学校と ポリテクニックがあって、留学生もいます。

そばにニュージーランド唯一の 獣医科系大学のマッセイ大学の本校があり

山の上の方に 広いキャンパスが広がっています。

若い人にとっては なにもなくて つまらなそうですが 私たちは 子供の 借りている家にとまって、散歩したり 普通の暮らしをしてきました。

2回ほど行きましたが 居心地が良くて 2回目に行ったときは

なんだか パーマストンノースこそ故郷のような 気分でした。

町の中心地から でて 住宅街を歩くとほとんどの家が お庭のある平屋建て。

フロントヤードにバックヤードもあり 花も木もたっぷりで 野鳥の こえが 一日中 聞こえます。

夜になって 庭に出ると 住宅街でも満天の星空、こんなに星が空に詰まっているのを見るのは 初めてくらい。

週末には 近所のガソリンスタンドや 空き地などで ファーマーズマーケットが開いて、新鮮な季節の野菜や 変わった食材、などがならべられ、フリーマーケット状態のところには日用品やアンティークまで 並びます。

スーパーマーケットも幾種類かあり 食材も豊富だし、割安です。

たまごだって フリーレンジと そうでないのもあるし、日本などの調味料も売っています。

フリーレンジなるたまごは 日本では 見かけたことがなく 選択肢もいろいろあったのですが、要は 放し飼いの鶏が生んだ卵ということ。

フリーレンジで 14個くらい入って 300円くらいでしょうか。

季節でも 違うらしいですが お味もおいしいです。

グラスフェッドという肉の種類もあります。

これは放牧されて 草を食べて育ったものらしく かなり高い。

日本並みの100g単価でしょうか。

一般に 肉や乳製品は とても安いのです。

野菜や果物も 季節のものは 安く、単位も大きいです。

アメリカと一緒で 自分で はかって買うものも多くありました。

水道、電気量、インターネット配信なども 安めで 使いやすい。

ですが、工業はないので 車や 家電。携帯電話やPCなどは 高価です。

衣料品は 中国製がおおく 大柄な人が多いので 全部大きめ。

そして 店は早く しまります。

朝早くから 鳥が大騒ぎしますので 夜は早く休むかもしれません。

街のはずれに流れる川に向かって 勾配のある土地で 川沿いに素敵な散歩道があります。

ジョギングコースのようにもなっていて 走っている人もいるし 自転車も犬も入れるので あさ散歩すると 地元の方を多く見かけました。

私たちは 午前中は さんぽして そのあと 中心部までいって ランチをとり

博物館やギャラリーなどを ぶらぶらして 買い物して帰って 夕飯を家で食べるという ごくノーマルな生活をしてきました。

特別なことは ないけれど変わった鳥を見たり イベントに出会ったり 街のお洒落なおばさまたちをながめたり。

こちらでは リタイアして 大家さんになって 家を貸し、自分たちはお茶飲んでおしゃべりしたり ボランティアしたり、して過ごすのだそうです。

街のカフェでも エレガントな格好のリタイア世代が 毎日お茶していました。

福祉もよくのんびり暮らせるらしいです。

一般的な観光地も いいですが ぜひふつうのまちの 普通の暮らしをのぞいてみてください。

国の広さが日本と同じくらいで 消費税はずっと 高いのに くらしよくて 高福祉な国におどろかされ、ゆったり暮らす普通生活の 楽しさを 見つけられるとおもいますよ。

469万人しかいないらしいです。

不思議ですね。