小説クルーズパラダイス―素敵で楽しい海外パッセンジャー

“Oh good morning,

nami、きのうは楽しんだかね?

朝のバフェで ニコニコと 声をかけてきたのは いつも朝食で そばで 親しくなった トムとリリアンのカップルだ。

リリアンは台湾系アメリカ人で 今回は 台湾の実家に里帰りするのに船をえらんだとのこと。

混み合うバフェで 人を避けて 外のデッキで 食事をしに出るたびに あうので あいさつから、はじまって すっかり顔見知りとなった。

二人とも 日本が好きで 日本のテレビ番組もよく見るとのことで 特に NHKの”72時間”のファンだそうだ。

番組で みた 地方のうどんの自動販売機を探していったりして楽しんでいるらしい。

”那覇は おいしいものがたくさんあるから こまるわね~

なにか、かいものはした?

那美は 行きつけの 沖縄漆器の店の話をして 二人は次は訪ねようと 顔を合わせている。

”ところで 昨日は 誰か 亡くなったね。救急車が 港に着ていたよ。

と トム。

”全部覆われて運ばれて行ったぞ。私は デッキを歩いていて、見たんだ、 たまにあることだからな。

”そうそう、私も見たぞ”と そばのテーブルから やはりアメリカ人らしい、 男性が いってくる。

”私は、船から水葬にしてもらうことになってるからな、突然何かあっても平気なんだよ”と 得意げにトムが いうと

となりの彼も ”私もだよ

那美が ”私も そうしてほしいな~ 地面に埋められるのはいやだわ”と 賛同する。

”君は ダメだよ。私は海軍で たのんであるんだ。残念だがな~

と嬉しそうに トムがいうと もう一人も海軍らしく うんうんと二人で うれしそうだ。

海の男は とことん、海が好きらしい。かわいいくらい得意そうで ほほえましい。

”那美はまだ 知らないだろうが クルーズ中に亡くなる人など そんなにめずらしくないんだよ、年配が多いだろう。

食事中に急に倒れたり。朝起きてこなかったりな。

”クルーズ中に突然死なんて理想の死に方ね”と 那美は本心から思った。

”だろう?だから クルーズを続けるのさ~

たしかにね、アンもケヴィンも そのようだし、周りもそんな乗客は たくさんだ。

アンとは 特別に約束をしていなくても あちらこちらで 出会うから 縁が深いのかもしれない。

船長のウェルカムパーティの夜も 浴衣をきて、上手に帯をむすんだアンにであって、写真を一緒に取らせてもらった。

ほかの外国人なども 声をかけて 浴衣話で盛り上がっている。

自分は 余り、日本びいきでない それもふるさと感の薄い東京人なので 外国人の日本びいきに合うとうれしい反面、苦笑いしそうになってしまうので、 きをつけなくてはならない。

日本好きな人は 本当に気に入ってくれているのだから。

この、パールスターも 日本回りなので 日本人スタッフが多いのだが そうでないスタッフは結構日本びいきで ウェイターなども あれこれ 日本話に盛り上がる。

海外に行くと 日本を再発見するというけれど こういう感じかしらと那美は 思いながらも 嬉しそうに渋谷の話などする フィリピン人ウェイターや トルコ人バーテンダーなどの話に つきあっている。

イタリア人の バフェの ヘッドウェイターは ”ブドウの級を もっている”と言うから何かと思ったら 剣道だった。

それも真剣を使うものとか。マニアックねーと いうと けっこう、嬉しそうだった。

那美は 毎日のエンターテインメントの多さに 選ぶのが

大変なのだが、なかでも、 トリビアは 特に気に入ったものの一つだ。

最初に何をするかもわからないので 、催すエクスプローラーラウンジにいって スタッフに どうやって参加するのか 聞いたとき、チームでするから、誰かとチームを組んで といわれ、どうしようかと 思っていると アジア系の女性に”よかったらいっらしゃいよ、一緒にしましょう”と誘われるままに 仲間にいれてもらったのが、 フィリピン人のファミリーで来ていた エリザだった。

エリザそのご主人、エリザの兄カップル、そしてお母さんのオフェリア、エリザの息子で、アメリカのMIT留学している優秀な ロベルト、そのほかにも 高齢のおじさんと、いとこのローズと大人数の大家族旅行のチームである。

ニコニコと 自己紹介と家族を紹介されおわったあと クイズ番組のような トリビアをした。今までにフィリピンの人は 出稼ぎの若い女性くらいしか知らなかった那美は ひっくり返るほどの スーパー賢いファミリーだった。

勿論、MITに行っているくらいなので、ロベルトは 勿論だが、どの人も 皆、何でも知っている。また出てくる問題も、歴史も文学も科学もあるし、 英語を頭の中で 訳して、知識を 探してまた英語に戻さなければならない那美には 難易度の高ーいものである。

その状況を説明すると、今度は問題の分からない英語をわかりやすく教えてくれる。その、賢いファミリーでも僅差で まけてしまって、 またくやしがることがひとしきり。

そのあとは、いろいろなことを聞いたり聞かれたり、あっという間に おしゃべりで1時間くらい過ごしてしまった。

鷹也とバフェにランチに上がることのなっているので またねと腰を上げると

次のトリビアでねと 約束ができてしまった。

”というわけでね、夕方のトリビアにも行くのよ。いっしょにいく?

”うーん、僕は いいかな~ じゃあ、きがえて、アトリウムのラウンジで 音楽を聴いているから、 おわったら、おいでよ、 ショーにいくだろ?

鷹也は トリビアには あまり関心はない。

”午後どうする? わたしはコーラスやってみようかな。

”僕はしょってきた本片づけるよ、、午前中ジムしたし、明日は 台湾につくだろ。

ちょっと、ガイドブックもみとこうかと思って、基隆だよね。

二人の予定が するすると決まって、夕方に待ち合わせする、バーの確認をしながら ランチバフェを楽しむ。

“ああ この プレッツエルがたまらないな、食べ過ぎそう。

那美は 焼きたてのプレッツエルの誘惑から 逃れられない。

”いいんじゃないの、 やきたてなんてなかなか ないよ。

僕は、この マフィンがいいですね~

二人とも、服が心配になるほど 食事がおいしいのだ。

と、目を上げるとアイスクリーム詰まった、コーンを なめなめあるいているアンが 片手を振りながら、プールサイドにむかっていく。

やっぱり縁が深い。

”あさね、トムが言っていたんだけど、昨日誰かが なくなって船降りたんだって。

救急車が迎えに来ていたそうよ、いいような悪いようなだね。

”いいんじゃないの、僕も素敵な部屋で 気が付いたら死んでいたとかいいね~

と鷹也は 眼を回して見せる。

”そうだよね~

毎日素敵な、部屋で 遊んだでばかりいればいい船、老人ホームに入るよりずーっといいなーと 夢見てしまう。

夕方のトリビアは 結局、エリザファミリーが勝利。

景品の プリンセスのロゴ入りマグネットを 意気揚々と部屋に持ち帰れた。

トリビア前に いった コーラスは スタッフのくれた プリントの中から3曲選んで みんなで練習して世界のおまつりなる催しで 発表するとのこと。

日本人5人とアメリカ人、オーストラリア人、イギリス人の女性5人に 男性は 外国人5人くらいのグループで 何回か練習しますといわれ、曲を選んで 練習した。男性とは 話もしなかったけれど、 女子同志はすぐ話に花が咲く。

日本人の女性は やはり、英語が苦手らしく、 仲間同士で 終るといなくなってしまったけど、隣になったイギリス人のベスが 池袋が 気に入った話をはじめて

那美の最寄りの線で 行けるところなので、ローカル話になっていると、 オーストラリア人のカイリーの息子さんが 結婚して江古田にいるのよなどというものだから、もっと、 盛り上がってしまった。

もしや、どこかで あっているかもねなどといいあって 本当にグローバル化だわと 那美の 気分が上がる。

寄港しなくてもすることがたくさんだし、クルーズってほんとに楽しいと

那美は 何時も夜の着替えをしながら思うだった。

(老人ホーム代わりにクルーズ  いいわねぇ)

 

小説クルーズパラダイス―フリータイムリゾートなクルーズライフ

“15年、クルーズを続けてきたので いろいろなところにいったわー”

アンは 感慨深げにタブレットの写真を繰りながら 説明をしている。

朝のジムで 一緒になってから 他でも出会うことが多く 話をしているうちに写真を見せてくれるということのなってラウンジで 待ち合わせをして 聞くことになった。

経験者の話をぜひ聞きたいと思っていたので 那美は 喜んで きいていた。

” ほら、これは 南極にいったとき、アザラシが氷の上にいるでしょう。

この ワシは ケヴィンが 望遠レンズでとったのよ。

氷だけでもこんなに大きくてきれいだし”

二人は 大きめのクルーズ船で回ったので 上陸は しなかったらしい。

そういえば 鷹也は 上陸したがっていたなと 那美は 思い出した。

今は ジムへトレーニングへ行っている。今日は終日航海日なので 時間はたっぷりある。ケビンは ゴルフクラスへ いっていてきていなかった。

二人は 再婚のカップルで それぞれ子供が 独立し 二人ともクルーズに興味があって 意気投合して 一緒になって 世界を回っているとのことだ。

歯科医だったケビンは 大きな家も高級車ももたず、 ひたすらリタイア後にクルーズをするために お金をためてきて、55歳で リタイアし、二人で クルーズ三昧のなんともうらやましい話である。

那美も内心、自分だってとは おもっていても、経済のこともあるし、どうなるかは まだわからない。ましてや、始めたばかりのクルーズ、気に入りそうとはおもえていたが。

”そしてね、南アフリカでは クルーズ船からの 寄港地観光で 泊りがけで クルーガー国立公園にいってきたのよ、本当に素晴らしかった、この、サルもかわいいでしょう

動物好きのアン達の話も 写真も那美には 素敵なことばかりで ますます夢を持たせてもらえた感がある。

アフリカはね、ちょっと、エボラ騒動があって 寄港地が変わったりもしたんだけど、心配した人が多くて エージェントが 300ドル余計に払えば suiteに乗れますけどどうです?といってきたので 頼んでみたの。それは広々としていて、二人で 泊まるには淋しくなるくらい、バトラーもついていたけど頼むことがなくてこまったわ”と けらけら、楽しそうなアン。

”たまたま、初めてクルーズにのる、友人と一緒だったから 部屋に呼んで ディナーを一緒に食べたの、びっくりしてよろこんでたわ、きっとかれらもスイート目指すわよねー

寄港地の変更先は とても小さい島だけど、普段行かない、素敵なところで、

空いててゆっくりできたのよ、ナミ、クルーズ船はね、お客を危険なところにはぜったいつれていかないのよ、ぜったいに。”

そうそう、こういう話が 聞きたかったのと 那美は アンにありがとうと よろこんでみせると ”私、クルーズの初心者とお話するの、大好きなのよ、こちらこそたのしいわ、

と そのあとも ずいぶんたくさんの写真をみせてもらい、おたがい、パートナーとお昼ねと またどこかでねと 分かれてそれぞれ部屋に向かう。

”お昼ご一緒にいかが”などとならないのが 何だか、通で良い感じだ。

”それでね、たくさん写真、見せてもらったんだけど どれも、すごかったわよ、

やはり、クルーズはいいわねー

昼のビュッフェは シーデイなので、こんでいた。やっと見つけた

席で 好みのミックスに仕立てたサラダをつつきながら せっせと 鷹也に報告する。

”だろ、ね、やっぱり、クルーズはいいんだよ。”厚切りにしてもらった ローストポークにそえた アップルソースが 気に入って、ご機嫌の 鷹也である。

“ジムもさ、マシーンもそろっているし、 トレッドミルなんて 海に向かっておいてあるから、何とも、良かったよ、プールは ちょっと、冷たそうかな。

午後は どうしようか”

那美は いくつかの ダンスクラスと夕方のトリビアがねらい目だったので それを伝えると 鷹也は その辺は今回、パスと プールサイドのデッキチェアで 本を読もうかなと 言い出したので、 夕食前の着替えの時間に部屋で 会うことに決めた。

”あと、ちょっとアイスクリームとってきちゃおかな、那美はデザートはいいの?

コーヒーのおかわりと デザートをやはり、見に行くことにして 二人で 席を立つ。

”トートバッグあるから置いていけばいいよね、一緒にいくわ。

二人で くっついていなくても 安心していられる 船の自由な感じは ほんとにくつろげるとおもいながら、那美は きれいに並べられて人が集まりつつある デザートのカウンターへ向かった。

可愛い、スワンのシュークリームが呼んでいるようだ。

小説クルーズパラダイス―50回祝うヘビークルーザーとの出会い

”ねえねえ、じむにいってくるね

那美は、鷹也をかるくゆすってこえをかけた。

”ああ、はいはい、おっけーよ 、ご飯はまってればいいかな?

もやもやと シーツの中で 鷹也が 応じるとそうそうと 那美は さっさと

ベッドを出て 身支度を始める。

きるものは 前日の夜アクセサリーの至るまで決めておくくせがついているが、

取り合えず朝のストレッチに挑戦しようと思っているので、ジムウェアを 引き出しから取り出す。

まだ、7時。

昨夜は 午前様ぎりぎりまで、 ラウンジで 音楽など聞いてしまったから、眠くないといえばうそになるが 乗船後の探検中に ジムのスタジオで 無料のトレーニングがあると聞いて これはと 思っていたところ、船内新聞に載ていたので 早起きしたのだ。

グレーのカプリに 紺のtシャツ、ジム用にと もってきたプーマのシューズを はいて、

そうそう、クルーズカードは 忘れずに!と くびにかけ、 ハンドタオルをひとつ、 布のトートに放りこんで、 用意はOK,部屋をそっと出る。

ドアが重いので、 ばたんと閉めないように 外に出ると エレベーターにむかい、 スパ横の ジムへ上がっていった。

まだ スパもジムも空いておらず、 白人の中年の女性が 一人、ヨガマットを抱えてまっている。

おはようのあいさつをかわして にっこりして、手持ち無沙汰なので、つい

”クルーズは 何回めですか?

と、こえをかけた。

彼女は にっこりして、フフフ、実は50回目なのよと こたえた。

ブルネットのショートカットに 明るめのグレイの目が 色と同じように明るい感じの人だ。

”えー、すごいですね。わたしは、はじめてなんです

眼をきらりとさせて彼女は

”私、初めてクルーズに乗る人に会うのが 大好きなのよ。

アンといいます。おなまえうかがってもいいかしら?

と ますます、嬉しそうにいってきた。

”namiです。どちらからいらしたの?

とすると 元気な白人の青年が ソーリー、ソーリーと やってきて、ジムの戸を開けてくれた。

”みんなストレッチですか? 行きましょう行きましょう、天気もいいねー

と いたって ご機嫌な青年は昨日、ジムで説明していたトレーナーで ニュージーランド出身で、 日本にも行ったことがあるらしく、日本語がりゅうちょうなのだ。出港の翌朝で まだ 人がほとんどやってこず、アンと二人参加のストレッチだった。

始まる前にちょっと聞いたところでは アンはカナダのトロントから来ているらしい。自前のヨガマットが クルーズ慣れしている証拠のように見える。

フィットネススタジオは 船の前方で 進行方向を向いて トレッドミルができるようにしつらえてあり、いくつかのマシーンや、ウェイトリフティングスペース、その奥にちょっと仕切って 部屋があり、サイクルマシーンやボールやマットなどの器具を並べた脇に 20人くらいは参加できるようになっている。

きれいに丸められたタオルが たくさん用意されていて 自分で持ってくる必要などなさそうだった。

使ったものはかごに放り込めばよくなっている。

ストレッチも結構本格的だし、 軽快に音楽をかけて トレーナーの掛け声で 汗を流すようになっている。

無料のクラスがいくつかと、あとは有料で 専用にプログラムを作ってもらったり、細かく面倒を見てもらうこともできる。

おかれてある、パンフレットには 結構なメニューが並んでいる。

食べ過ぎも運動不足も解消できるというわけね、と那美は こんなこともサービスがあることに妙に納得してしまう。

昨夜のごちそうは 量は多めだったが 味は細やかで、 日本発着の日本人の多さを気遣っていたようで 食べ過ぎてしまいそうだったのだ。

40分ほどのストレッチで 汗だくになってまうが、 エアコンは効いているので べたつかずすっと引いていく。

アンは ”またね ケヴィンを起こして 食事に行かなきゃだから

どこかで あったら、ほかのクルーズの写真おみせするわ、

と 手を振る、那美は 初めてなので いろいろ、おしえてほしいと頼んでみたのだ。

つたない英語とは思ってみたけれど、話せば通じるもので ストレッチ1回一緒で すっかり友達気分である。

アンは 御主人のケヴィン二人で 乗船していて 二人とも 大のクルーズファンで 二人で あちこち回ったので 色々見せてくれるという。

那美も 経験者からの情報が ほしいところだったので、ちょうどく、いい方と知り合えたと 思った。

部屋に戻ると鷹也が じわじわひげをそっている。

”おかえりーどう?海は なみちゃぷちゃぷかなぁ? ここはあまりゆれないねー

相変わらず寝起きもよい人である。

”いい人にあえたのよ、カナダ人なんだけど今回50回目のクルーズだって。

いろいろおしえてくれるって。どこかで あえたらねていってた。

 

”へぇぇ そりゃ あさから 良かったね 、早起きのとくかな。

50回ってすごいな。

ごはんたべにいける?昨夜の後でもさすがに朝は おなかが すいちゃうんだよ。

”行けるいける、今これ着替えてしまうからね。

鏡前のソファに用意しておいた服に着替えながら 、朝ご飯が楽しみな那美だった。

昨夜あんなにお腹いっぱいだったのにねと 同意しながら クルーズカード大丈夫?と確認して 鷹也が 首元のカードを振り返す。

他愛ない出会いのアンと実は 何だか、縁が 深かったとは この時考えもしなかったのだ、もしかして この辺で クルーズが魔力を及ぼし始めたのかもしれない。

もしや、クルーズにえらばれてしまったとか。

小説クルーズパラダイスーお姫様ライフなクルーズ船

”何でもおいしそうで なかなか、きめるのが大変ですよね”

”そうですよねーじっくり メニューと相談してるんです”

と かえしながら、オーダーをしている那美の向こうでは”日本酒はあるかい?”

岐阜から来ているという 60代のご夫婦のご主人が ウェイターにたずねている。

”あります、大きいのどうです? いっしょびんね。やすいね、まいにちのみますか?”

どうも ボトルキープのおすすめの様だ。ワインの好きな鷹也もちょっと関心持って きいている。

色々聞いて 頼んでみることに、したらしい。隣の一人旅らしい女性が ”日本酒までのせているんですね~それも一升瓶”と 面白がりながらも感心する。

”ねー、本当に、日本発だからじゃないですか、めしあがられます?

と 返す、那美に 少しは飲みますが、わざわざ、こんなところでどうかしらと

楽しそうにくすくすしている。

”一人で来ていますから 酔ったりしてはたいへんでしょう、ねえ”

那美は日本酒は飲めないほうなので 強そうにいつも思っているので それはそうだとうんうんと うなづき、

”おひとりですか?どちらから?

”神戸です、母を誘ったのですが 船は酔うかなとことわられまして、わたしが チェックしていくことになっているんです。大きい船は よわないって ネットなんかでも書いてありますけど、じっさい行ってみないとね。

”そうですよね、そういうかたおおいですよね。私たちは 東京からです

そうこうするうちに 食事が 運ばれてくる。

どれも美しい、盛り付けが シンプルな ロゴ入りの白い大皿の上で おいしいのよと 自慢げにのっている。

“なかなですな、うわさにはきいておりましたが、やはり高級ホテルのレストラン並みの 食事を海の上で だすんですな”

日本酒のご主人は ニューヨークカットステーキが 気に入ったらしく ご機嫌である。

”ですよねー これだけの人数ですから大変ですよね、それにしても スープはしっかりしていたな、ちゃんとアスパラがはいってたきがしますね。

と 鷹也も同意することしきりである。

”ほんとうにね、おいしいものをいただけて こんなに立派な船で 何もしないで リゾートライフなんて 主婦にはゆめのようですわ。

ミセスのほうも 丁寧に調理されたスズキのグリルのソースを味わいつつ、しみじみうっとりの気分である。

那美もおなじように、船は 何とらくなのかと 思いはじめていた。

鷹也も那美も旅行好きなので あちこちずいぶん出かけているが フリーで行けばついつい 食事のことは考えてしまう。主婦にはこびりついた宿命で 朝を食べれば次の昼を、昼を食べれば 次の夜をというように 常に考えてしまう癖になっている。

ツアー旅行では ついてはいても時間がなくゆっくりできなかったり、 作り置きの料理をまとめて 食べさせられるような パターンが多い。

船では 時間に行きさえすればおいしい食事がサービスされるのである。

別にご飯目当てで乗っているわけではないけれど、人間腹のおさまりは大事であるし、

上げ膳据え膳は 昔からの主婦の夢である。

そして、 しなくてはならないのは 着る物のことを考えるくらい。

子供のころ、お姫様のように、何もしないで ドレス着て、遊んで暮らしたいなといっていたら、母にお姫様は しちゃいけないこともたくさんあるし、好き嫌いも言えないし、そんなところでごろごろできないからいいことなんかないわよと

よくいわれたものだ。

そうすると、この船の生活、きれいな服(好みによるが)着て、食事は たべさせてもらえて、遊んでいればいいというのは 究極のお姫様ライフじゃないと 那美の胸もときめきだす。

ああどうしよう、はまってしまいそうな自分が怖い 

セビーチェのドレッシングに舌鼓を打ち コンソメチェックもよし、 チキンの焼き上げと柔らかさの 具合がよくて 添えられたローズマリーが 風味よく、再度ディッシュのマッシュドポテトが禁断の糖質なのにもかかわらず、悪魔のおいしさである。

”なんでも おいしくていいなあ”と 鷹也もつぶやく。

となりのおひとり様レディは メニューがきまって 向こう側のやはり一人で来ているらしい、男性に気軽にこえをかけている。

男性のほうは ちょっと、人見知りらしく、 ええ、はあと うけている。

初日のテーブル、 社交生活になれない日本人テーブルは なんとなく、面はゆく、そう、話も弾まない。

外人のテーブルは 笑い声もたっているようである。

まだ、初めての夜、でも これからどうなるかしらと 那美の興味もいろいろ移っていく。

鷹也ほどでもないけれど、 そんなに引っ込み思案ではないから 大丈夫だろうと 飾られた生花のうえから テーブルをみわたした。

 

小説クルーズパラダイス―クルーズライフ初体験満載

はじめてのディナー。

8階の部屋から、5回後方のレストランには 階段で行けばすぐである。

那美たちは 遅い時間の 食事をとってあるので 8時からのディナーに 行けばよいので とりあえず、荷物の片づけをおえた。

9日間のクルーズだが フォーマルナイトも2晩あるらしいし、夕食時には やはり、着替えたいので なんだかんだと荷物が多い。

那美などは 慎重派なゆえに 何か、汚したらとか、着れない事態が発生したらとか、あつかったら、寒かったらとどんどん、増えてしまう、いつもの 荷物である。

大したもので、インサイドのいわば、飛行機なら、エコノミーにあたるような部屋なのに、クロゼットなどの収納力は しっかりあるようだ。

ハンガーにずらりとかけてならんだ 服の中からちょっと おとなし気な 紺のジャージーの7分袖のワンピースを選んで 那美は 着替えた。

”エー、何きようかなぁ、”

何時も、支度に時間がかかるのは しゃれものの 鷹也である。

別に、すごい、ファッショナブルなものを着るわけではないが、ジャケットだの。シャツやパンツに結構こだわりがあるらしい。

でも、買うときに気に入った物から買ってしまうので あとから 組み合わせが むずかしく、那美に、アドバイザーを 頼むのがつねになる。

色も男性特有の色弱があるらしく 紺と黒の判断がつかないので 色合わせにうるさい、那美のチェックを とおしてやらなくてはならない。

そんなこんなで 鷹也も ちょっと 光沢のある紺のジャケットに シルバーグレイのコットンのパンツにきめて 何とかしたくができあがった。

と、出たところで ターンダウンに来たマリアと鉢合わせになる。

”Good eveningマリア!”と ニコニコとあいさつをしてくれる彼女に、にっこり返しながら、船内新聞の英語と日本語を1部ずついれて くれるようにたのんだ。

途中 キャビンを回っていくスタッフや 食事に行く人と ずっと、

”Good evening”と いい続ける。那美は心の中で 今までの人生の なかで いったより、多くこの移動中に行ったような気がすると 何だか感心する。

遅いディナーは ショーとの兼ね合いが難しく今日は 10時からがあるので、そちらに行くことにして とりあえず、レストランへ向かうことにした。

5階までカーペット張りの階段をおりて 行くとやはり、海外からのお客は いかにもな夜の服装に着替えている。

レストランポセイドンの入り口前は 初めてのディナーの客で 列ができていた。

タキシードとベストのスタッフが それぞれのクルーズカードに書かれているテーブルをみて 案内している。

”Good eveningマダム(まだぁむときこえる) 彼についていってください。

タキシードの上級スタッフにうながされて

レストランの中を進んでいく。たしかカードには 174とか書いてあったっけ、

どのあたりかな、窓際だとラッキだけどなどと かんがえているうちに きらびやかにセットアップされたテーブルの隙間を縫って ちょっと奥寄りの円卓に案内された。すでに日本人のカップルが二組ほどせきについて メニューを眺めている。

ざっと目を走らせた感じでは 8人テーブル。カップル4組都いう計算でゆったり座れるしつらえだ。

ここでも、とびかうGood eveningで すきっとした アジア系のうぇうたーが進み出て椅子を引いてくれる。

“nice meet you 私は 担当のサイモンです。マダム。ポセイドンへようこそ”

きれいな歯並びで にっかりわらった ウェイターの好青年。名札にはフィリピンとある。

那美はよろしくと笑みを返しつつ、先にきていた 2組のカップルに 今晩はと声をかける。鷹也も椅子に掛けながら よろしくといつもの愛想のよさだ。

直ぐに、残りの二人も現れた。こちらは一人で、来たので、 カップルではないらしい。

となりのリタイア世代らしいカップルに鷹也は さっそく、”どちらから?とか 話しかけている。

さて メニューを渡された那美は さすがの 評判通りの 高級レストラン風な 内容に 予想はしていたけれどやはり ちょっと驚いてしまう。

なんにでもちょっと 驚きを感じる自分が ちょっと かっこわるいなどと 独り言ちているのだが センシティブってことねと 自己完結を図るしかない。

薄い黄味の強めな 紙に 書かれた 、オードブル、メイン、本日のパスタ、スープなどに 眼を走らせて とりあえず エクルビスのセビーチェ、ビーフのダブルコンソメと 決め、コスレタスのサラダはドレッシングなしにしてもらい、メインは チキンのグリルを頼んだ。

鷹也は やはりセビーチェと アスパラガスのポタージュ、ニューヨークカットステーキを 頼んで ワインのリストを 頼んでいる。アシスタントウェイターのシンシンと紹介された 真面目そうな ごく若いひとと 熱心にメニューを見ていたが けっきょく、ソムリエらしきこれは ヨーロッパ系のウェイターがやってきた。

”サー、 何を召し上がります?

”ステーキなら 今日のメルローは いかがでしょう、フランスのものです。

いまきづいたが ソムリエは 英語だが、 ヘッドの サイモンはそういえば 日本語が流暢だったと那美は へええと またも思ってしまう。

シンシンは英語だったけど 今晩はといったようなきもするし、 さすがに日本回りのクルーズは 日本語の分かるスタッフがいるわけだ。

那美はもうはなから アメリカの船=英語の 頭になっていて 実は メニューのやり取りも今思えば 那美英語、サイモン日本語のおかしなことになっていたのだ。

ほかのテーブルメイトは 日本語で オーダーをしている。

というより、ゆびさしで これこれといえば はいわかりましたと サイモンが受けるので 順調に数んでいく。レストランの中も 客はほぼ入り終わり、柔らかめのライトの中を 行きかう ウェイターたちのベストが 時々光っている。

目の前には きちんと並べられた 皿と グラスに ナプキンをかけられた パンのかご。バターは 銀のバター入れに 角砂糖のように乗っている。

ソムリエが ワインを持ってきて説明をしている間に隣の一人で 来た女性が 声をかけてきた。

小説クルーズパラダイス―横浜から南へ出港

“いやいや~ なかなか まじめな訓練だったねー こんなに本格的にするとはしらなかったよ。海軍のようだよ、さすが船旅だな。”

鷹也は あたらしい体験に興奮気味、那美も このちゃんとした避難訓練に 驚きはやはりかくせない。

”ほんとよね、 背の順にならばされたり、全員揃うのがこんなに大変とは おもわなかったわ、結構たたされてるじかんがながくて 年配の人なんか気の毒だったよね。小さい子も退屈しちゃうし 真剣なものだってもっと のる前に 触れ込んでおいてもいいかもね”

3000人もの乗客なので 一か所ではなくあちこちを マスターステーションときめて そこに集まるのだが なれて さっさと 行動する人ばかりでは なかったので 人数確認に時間が けっこう掛かった。若そうな外人や日本人のスタッフが何人もで 無線で 連絡しあっていたが なかなか始まらないし どうしていいかわからないので みんな何となく手持ち無沙汰に待っている。

しばらくして集まったグループの中で 背の順にならばされて 数を確認していた。クルーズカードは 読み取り機にかけてあるので、ずいぶん念の入った感じだが、クルーズ船はめったに事故を起こさないし、トラブルも少ないけれどもしものことは いつも考えているのかもしれない。

そう思えば 安心なので、我慢我慢とまじめな那美は あくびをおしころした。

結局、日本人のグループが 代表だけ参加すればよいとかんちがいして 集合場所に来なかったらしく、 集まっていた仲間の携帯で 連絡がついて うまくおさまった。

日本は ほとんど発着クルーズなどなくて わけのわからない乗客がおおかったから 仕方がないにしても なれた方には 申し訳ない話である。きっと

添乗員も旅行会社もよくわかっていなかったのだろうから この先よく 客に教えておいてほしいと思う。

”そろそろ 出港かな ベイブリッジくぐるの 見に行こうか”

二人は 部屋にライフジャケットをもどして またエレベーターに向かう。

だいたい部屋の位置は 船の前方に三分の二ほど言った部屋なのだが 3か所あるエレベーターの一番近いところでも けっこう距離があるのだ。

船は出港近くらしく、 エンジンの振動が つたわってきている。

エレベーターは 上に行く客で結構な混雑だったが なんとか のせてもらって

プールのある14階にあがって みんなで どっとおりて デッキサイドへ向かう。

BO0000000

大きな汽笛をならして 船が 進み始める、数分で ベイブリッジをくぐるのだが プールサイドのでは バンドの演奏で スタッフと乗客が 踊っている。

これがウェルカムアボードパーティらしい。

“ほら上、うえ”

とすると デッキ中の人が 上を向く、そこには ベイブリッジがあって すれすれに 通り過ぎるので イベント状態になっているのだ。

わぁぁ~と 歓声とパラパラ拍手も沸き起こる。通りすぎて入港したから出られるのは当たり前と思ってい那美に 潮位で高さが 変わるからね けっこうリスキーだよと 鷹也が講習してくれた。なんでもよく調べる男なのである。

そっかーと うなづきつつ海原に目を移すと 暗くなりつつ海の向こうにある陸地を前景に夕日は沈んでいこうとしている。

海風もそろそろ、冷たい。

入って食事に行くしたくしなくちゃと 景色に 浸っている鷹也を促して

デッキを歩き始めた。

小説クルーズパラダイス―クルーズライフルーキー

那美も鷹也も旅行に出るのに 豪華なホテルなどにはあまりこだわらない。

国内などは 駅前のビジネスホテルをとるほどだ。

なので 結婚式のし出席とか 友人とランチなどの時以外は 都心などの高級ホテルに足を踏み入れることも ほとんど ない。

で、この 乗り込んだ世にいう豪華客船の豪華さは どうだろう。

本当に船とは思えない空間の広がりに 宇宙の星空のような 装飾の 広い吹き抜けが広がるロビー。

”へえーすごいね。うわさどおりかな”

”ほんとよね”と カーペットの引き込まれた ホールの中をエレベーターにすすんでいくと これもまた ガラス張りの鳥かごのようなかわいらしい形で すうぅと上下しているのが みえる。

カーペットの淡いベージュにあわせた 少し光沢を抑えた金色のドアのエレベーター。

乗り込むとやはり荷物を持った外人のカップルが ”ハロー”と にっこりする。

同年代くらいの 大柄の二人が 腕を組んで乗り込んでいるのが愛らしい。

こちらも”ハーイ”と かえして にっこりする、コミュニケーションの一歩目は これである。

わたしたちは8階のドルフィンデッキ。あちらも同じ階らしく8階ボタンが 光っている。

4階のフロント前から入ったので 4フロアーほどほかに止まることもなく

上がって

”ドルフィン”という 音声で空いたドアから 降りるとあちらは反対側のデッキらしく別れ際に”Have a nice day!”とこえをかけてくれた。

そこで”You too!”とかえす。コミュニケーションです。

やれやれ、ながい廊下だねと つぶやく鷹也のほうを見返せば 確かに 果てが見えないくらいの廊下が つづいている。

わたしたちの部屋は 番号から行くとずいぶん前なので、 だいぶ行くことになる。

それでも、ひっぱっているキャリーが動きにくいほどのカーペットのひかれた 廊下はここもなかなか 豪華である。

通り過ぎるドアの横に レターラックがあり部屋番号が書かれているので それを見ながら進んでいって 5分は歩いたとおもいながら、クルーズカードを差し込んで ドアを開ける。

インサイドキャビンを選んだので、窓はなくなどに当たる部分が鏡になっていて

反対側のテーブルの上の鏡とあいまって、部屋が広く見えた。

何時も、適当にとまっている、ビジネスホテルなんかよりは とてもいい部屋である。

ドア付近は狭いが 入ってすぐの壁に収納や金庫があり 反対側はシャワールームとトイレと洗面台がコンパクトに収まっている。

そのほかにウォーキングクローゼットがあって たっぷり服がかけられるようになっている。

この仕様、初めて見たときに、便利さに感動したのを那美はよくおぼえている。

なにしろ、スーツケースの中身が 空にできるのだ。

ツアー旅行で 海外もずいぶん いったふたりだけど、たいてい、旅行社の主催するツアーはとても忙しくスーツケースも出すのは必要品くらい、夜討ち朝駆けならぬ、夜ついて朝早く出発で エジプトのアガサクリスティのとまったというホテルに行ったときも 建物の姿も見ることができなかったくらい。

荷物全部だして ゆっくりしていってねといわれているような 気がしてくる。

きれいにメイクされてあるベッドの上には 今日の船内新聞 オンザボードが置かれ、小さなカードに パールスターにようこそ!とかかれたものがそえられている。

先に宅配便で送った荷物は まだ届いていないようだ。

これも船の感動の部分。海外旅行で 成田に行くのにも 最近は 宅配で空港まで おくれるが、 飛行機には 自分でのせなければならないしテロ以来の厳しい重量制限もあるし、液体の管理もうるさいし、おりてもホテルまで 引きずっていかなければならない。

横浜出発のクルーズは 家から宅配で部屋まで 届くのだ。桟橋ではなく部屋まで届くので、あとは残りを自分でもてるぶんだけにすればいいし、重さ制限もないのである。帰りだっていざとなったら部屋から段ボールで出して そのまま宅配でおくればいい。

那美は普段から 小さく荷物をまとめるのが 苦手で つい心配になってあれこれ入れてしまうので このいくつ持って行ってもいいのが いたく気に入った。

鷹也は”そんなに何、持ってるの、9日間だよ”と うるさくいつもいってくる。

鷹也自身は芸術的なほどにパッキングがうまく、荷物も少ない。なので 半分呆れた雰囲気で いつもそういってきて 那美を いらいらさせる。

実際は 那美の大荷物の中のウィンドウブレーカーを貸したりしているんだけど

結局、殿様感覚の強い鷹也に その点を突っ込んだ言い返しをすると とんでもない反応が 帰ってくることがわかっているので 、

”いいの 荷物が多いのが好きなの”と できるだけいなして 自分のいらいらは しょうがないわ袋にしまってしまうのである。

結婚生活も長くなるとこのような 袋を 持つことが できてくるものなのだ。

とするとノックがされて ”ハウスキーピング”と こえをかけてきたので 開けると 可愛いエプロン姿の女性が にこにこしている。

彼女は この部屋の担当で マリアさんといってペルーから来ているらしい。

可愛い、ワンピースの制服にしっかりアイロンの利いたエプロンをきりりとしめてなんだかやるきまんまんの お嬢さん。頼りになりそうなかんじである。

なにか、あったら言ってくださいと たどたどしい、日本語で 自己紹介と 非常訓練のお知らせをしてくれた。

ふと横を見るとドアわきに スーツケースが届いている。

”ありがとう よろしくね”と ドア横のスーツケースを取りに行く鷹也のためにドアを ささえながら いう那美に きゅめいどうきはわすれないでと 金庫の上のオレンジ色の ライフジャケットを さししめして マリアは となりの部屋の移動していった。

”ちゃんと届いてよかったねー”とさっそくベッドの上にスーツケースを広げて 鷹也が 喜んでいる。

那美派クローゼットのほうで 広げようかと思っていたが おもいなおして 船内新聞を手に取った。

”これね、4時45分に 集合場所のステーションに集まるらしいわよ、必ず全員参加なんですって、で 場所はね ドアとクルーズキーにかいてあるんだって、”

確かにカードには ステーションAとある。そしてドアにはよくホテルなどにもある非常経路のような図がかかれていた。

”トイレ小さいねーシャワールームも 狭そうだなー”ペシミストの鷹也チェックは

バスルームでシェーバーなどを 並べながら声をかけてくる。

”ま、船だからね、あるだけまし”と返す那美は 訓練の説明文を読みながらいった。

英語の実力は那美のほうが 上なので あっちこっちで 添乗員の役をするのは 那美の旅の日常なのだ。

窓がないので、時間が良くわからないのだが 時計を見ると そろそろ、2時をまわるころだ。

”ねえ荷物適当にして 上にお茶のみに いってみない?”

いこういこうと いう鷹也にクルーズカード大丈夫と念を押して 二人は 部屋を出た。

クルーズカードは 旅行会社から送られてきたホルダーにいれて 首からかけてもってあるく。

何が大事といって 船の中でも外でもとりあえず一番大事なのは クルーズカードである。

部屋から出た二人は 一瞬どっちだっけと 見まわし、こっちと 来た方へ 歩きエレベーターへむかった。後ろの方で マリアが別の部屋に声掛けをしているのが聞こえる。

なかなかいいじゃない 那美は 胸が 高鳴るのを聞いていた。

小説クルーズパラダイス―クルーズの呪い

”もしかして アン?”

彼女は ふと 一瞬考えたのちに”Namiね! 何という偶然かしら”

そのとおり そのひとことでしかいいようが ない、こんなことってと 那美は 心の中で つぶやきながら カナディアンのあたたかいハグを 楽しんだ。

何しろ、この地球上には20000以上のクルーズがあって、 400くらいのクルーズ船があって、一隻のこの船の中でも 3000人のお客が乗っていて 一日中 船内を 移動している私が 彼女に会う確率の低さを おもうと 神が本当に引き合わせたんじゃないのとしかおもえないことなのだ。

おもえば、3年前 仕事に余裕の出てきた 鷹也に さそわれて

はじめての クルーズに乗ったときのことになる。

横浜から出る船に 大桟橋から乗船するために 日本大通りの駅から 迷いながら歩いてきたが、 何しろ横浜にとんと 縁がないので よくよく調べたつもりで、 結局方向をまちがえて、大回りになってしまった。

ちがうんじゃない?と きがついて 戻ってくれば、スーツケースを持った人の流れが あるのに気が付いて ながれに合流する。

ネットでいろいろ調べた情報では とてつもなく大きいビルディング並みの船という。見えてくるかなと期待していたのに 建物や 並木や橋のような構造物にさえぎられて なかなか見えてこない。

とすると、大桟橋への道が ぐっと開けたときに それが 眼に入ってきた。

おとぎ話の海賊船のようではないけれど、那美の中では十分、おとぎ話化してしまいそうな 真白の船が そびえていたのだ。ざっとみて 13階以上はありそうだ。

”へええ すごいね、きれいきれい”

それまで そんなに乗り気じゃなかった 那美の胸の内で 何かがはじけた。そして あたらしい、なにかが 急激に膨らんでいった。

桟橋の中には たくさんの人が乗船の手続きを待っている。

入り口の車回しには 続々とタクシーやバスもきて、どんどん人は増えてゆく。

こんなに乗れるのねとおもうと、 先程から 膨らんでいるなにかが どんどんおおきくなってくる。今思うと、あの時、中毒したなと 那美は 思いかえすことがしょっちゅうあるのだが、 ほんとにドラマの運命的な出会いの様だったのよと うれしく受け入れてしまうのだ。

クルーズという言葉もほとんど聞いたこともなく、船にも旅自身にもイメージすらなくここまで 来たけれど、 この魔法の世界からやってきた 豪華客船に すっかり 呪いをかけられてしまったのだ。

呪い・・・まさに 言い出しっぺの鷹也ならいいそうなことだ。

ほんにんはひょうひょうと 旅行会社にも行き、様々な手配を すませて 今もご機嫌よくニコニコ桟橋を上っている。

今回まったく意図せずに この アルカディアクルーズのパールスター号の リニューアル後のバージンクルーズに のることができるのだ。

いつもなんとなく その辺が ラッキイな 鷹也の 御利益と思って 夫婦趣味が そろってよかったなあと しみじみしてしまう 那美である。

いずれ 彼も自分の仕事にみきりをつけて リタイアライフに なるし、そうなったら 二人で世界遺産回ろうかと 月並みな未来予想も話のタネに なるこの頃である。みまわせば 同年齢のカップルのおおい 受け付け待ちの簡易椅子。

人数的に目立つのは 大柄なオーストラリアやアメリカ人と思しき カップル。

日本人もおもったより カップルが多い。やはり クルーズに乗るのは

気分のそろった 二人連れが いいのかもしれない。

待合いでまつひとを ぬけて いくのは やはり何らかの スペシャルティの資格のある人達だろう。整理券の順番がよばれ はりめぐらされたついたての 中へと入っていくとずらっとならべた会議テーブルのうえに ノートパソコンをならべて スタッフが客の手続きに大忙し。おおよそ30番くらいの番号札が立っている。

それはそうだ、3000人ちかく 乗船手続きだし、これだけでも 見ものと 那美は うきうきとみまわす。

”こちら24番へどうぞ” よばれて 進み出ると 日本人の女性スタッフが 迎えてくれる。

”ようこそパールスターへ、 パスポートとチケットをお願いいします”

横浜から出て日本を回るのでも 乗船時から アメリカに行くことになるのでパスポートは必須、もうこの瞬間から海外旅行となるのである。

そのまま パスポートは船に預け、番号のつい預かり券をうけとり、pcとチケットを照合して お部屋番号を 教えてもらい 船内案内図のついた 小さいケースにルームキーとなる クルーズカードを入れてくれる。

”いってらっしゃいませ”

そこを過ぎると 待ち受ける船のよこ腹にむかってゲイトに進む。

ニコニコ顔のスタッフがカメラをもって 船のかかれた 背景に おいでおいでと呼んでいる。

写真の苦手な 二人なので えええと パスしたいところだが まあ どうせ記念と背景前におさまって 一枚とる。いがいと、いい写真かもしれないよと いう鷹也にいいよいいよと こたえながら 那美は桟橋からわたるドアをすぎる。

なんだか 急に子供のころの遠足の前の胸の高鳴りが返ってきたと

”いよいよね”と 力の入った念押しを しながら 船へと渡っていく。

まだギャングウェイなんて言う言葉も しらなかった ルーキークルーザーのはじまりの クルーズ。

魔力満載のクルーズのきらきらの ロビーに すいこまれてしまったのだ。

一生のろわれてしまったとは 気づかなかった はじまりだった。

 

家族旅行の勧め―子供を留学させたい大人へ

つい昨日のニュースで ながれていましたが 世界的に認められる科学の論文が多く発表される数のランキングで 今まで結構低かった中国が 2位にランクインしたそうです。1位は変わらずアメリカで、日本は9位だとか。

別にランキングはそれはそれで 良いのですが、ノーベル賞を受賞された先生が

この先の日本の科学者の事情について 危機感を抱いているとおっしゃったそうで、

コピペで論文書いてしまうような 大学生のおおい、日本の教育現場を考えれば

さもありなんという感じ。

受験勉強が勉強であるという感じで、 教育を子供に施していますから、研究者が 出にくいし、国も企業も経済のことを考えた投資にしか興味がなく、基礎科学の分野には 資金不足に悩んでいる現役の研究者が多いと ききます。

中国は 人間が多いので 才能のある人もその分、発掘されればでてきますし、

政府も科学を 推し進めたい、教育を したいとおもっているようです。

その上、華僑の文化もあるせいか、留学も盛んで、 アメリカなどで、勉強してくるひともおおいし、

出来上がった研究者も潤沢な 研究費を提示されてあつまってきます。

全ての環境が整いつつ あっての当たり前の順位かもしれません。

日本の若い人は最近外向きでないとかとも聞きます。

うちの子供は ふたりとも30をこえてしまいましたので 若い人とは言えませんし、今どき感覚はよくわかりません。

それでも、私が子育てした時代には バブルのころで海外留学もはやっていて、エージェント会社もたくさんあったし、 行く子供も結構いました。

でも一時的な ホームステイや語学留学もおおく、 ちゃんと、海外の大学などに入学卒業を する人は なかなかいなかったと思います。

日本では 自覚はないかもしれないけれど、島国で同じ言語の人と似た人の多い環境で よその国に占領(アメリカのは少し違うのでぬいて)されたこともなく、自分たちの中まで 居心地よく暮らしているように思います。

そのなかで 生まれそだった子供は 外に出ないとなかなか、別の文化に触れるチャンスがなく 成長してすごせてしまいます。

テレビやSNSや インターネットなどが あるというかもしれませんが

じっさい海外にいって 自分の足でその地を踏んで、人と話して、自分の眼で 見るそのインパクトは ほかのメディアを通して触れるのとでは 大違いなのです。

可愛い我が子に旅をさせなどと 昔から言われていますのはこういうことでしょう。

何だか、前置きが ながくなってしまいましたが、そこで もし、海外へ 留学させたいと かんがえている保護者が いらしたらということで

まず、もちろん、言葉の心配がありますから、留学先と思しき場所の言語に慣れさせることが必要です。

習得とはいいません。

留学といっても 大学だけでではなく 高校くらいが 一番、ころあいが良いと思いますので、 そうなると まず、自分の第一言語の国語力を きっちりつける必要が あります。

英語を習う時には英語で考えましょうとかよく言われますが どの言語でももとは その本人の持っているネイティヴな 言葉の基礎の上に次の言葉がのってきます。

国語の得意でない子供は 第二外国語を学んでも 習得は むずかしいと思います。

表現力、洞察力、分析力全部、言語の能力にかかっています。

ですので、小中学校時代の国語はとても大切です。

そして やっと来ました。

経済的に余力があるのでしたら ぜひ、家族で 海外の旅行にいってほしい。

できれば 大忙しの観光旅行ではなく、一か所滞在型で 一つの街を 家族で回って楽しむようなのがいいとおもいます。

島などでもいいですね。リゾートなどでも 旅行に着た子供と 遊ぶ体験が できるといいかもしれない。

世界には 日本人以外の人が たくさんいて みんなが それぞれの生活をしていることを みられるのが いいのです。

髪の色も違えば、肌ももちろん違うし、目の色も違うし

でもじゃあ、自分たちと似たアジアの人は 似ているけど 違うとか。

体験で知ることは おおいですし、 いろいろな人がいることに慣れてきます。

海外留学に子供を出したときに 日本人同志で くっついてグループを作るのは よくある話です。

大人でも日本人街とか、中華街とかできるのですから、同志で集まるのは 当たり前ですが、せっかく、海外に出るなら 地球人感覚で暮らしてほしいと思うのです。もちろん、パスポートに書かれている国として相手は みてくるでしょうが、

本人の中では 広く、人間を見てもらうのが いいとおもいます。

我が家では 仕事の関係上、父親が海外でないと 連絡が職場から来て嫌というものですから、早くから 海外、ハワイとかが多いでしたが、連れて出ました。

ハワイでもいろいろなひとはいますし、 声もかけられます。

小さいうちは 安全で 衛生にも 問題のなさそうな リゾート地に行くことが 多かったですが、オプショナルなどは つけずに、できるだけ 現地の観光ツアーに参加したりして、海外に出たときには 外国人の中に入る経験をおおくさせました。

少し、大きくなって衛生面や食事などに気を遣わなくてよくなると エジプトとかケニアとか ペルーのマチュピチュとかの世界遺産などにも連れて行きました。

週一回の英会話くらいは させた後に 男子は 高校留学、女子は 短期留学とインターナショナルスクールだったので、自分の買い物などもさせたこともあります。

なれているので 中学から海外の高校に行くのも

あまり抵抗はなかったようです。ホームステイで いってもらい、 インターネットのない時代だったので、普段はファックスでやり取りし、緊急連絡は国際電話でいた。

今は Skypeもありますし、ネットでとなりにいるように話せるし、チャットもできます。逆に、文句を言いにくくて昔が 良かったようにもおもいます、どちらにしても高校生時代を 海外で送れたのは貴重な経験のようです。

二人とも、大学は 海外で進学し卒業しました。日本が 恋しいという話は

留学中聞いたことはありません。お友達も いろいろな国の人たちで じっさい、留学してきている他国の子も現地の子もいましたから、多く体験はできたようです。

英語圏でしたので英語力は 論文出したくらいですから 問題なく、

一人は 専門職、一人は外資系のサラリーマンをしています。

海外では 子供を一人一人個性とみて 育ててくれます。

出る杭は打たれるようなことはなかったですね。行った先の国にもよりますが。

本人は 自分の教育のために留学しているということをだいぶ、大人になってからは自覚していたかもしれませんが、高校くらいでは ただ楽しんでいました。

日本の文化等はこぼれているかもしれませんが、じっさい、日本で住んでいた若者たちだって文化に通じるわけではありませんし、逆に 海外にいる分自分で、紹介しなければならない部分も あるから 見直したかもしれない。

今の日本の教育法がなんとなく、気に入らない、または 気いなるところがあるとか 思われる方、子供ができたら 考え始めて 家族で 海外旅行を始めましょう。

子供の進む道は 大人が決めてもよいという、子育てをうちではしてきました。

でも、高校以降は 本人にまかせてまったく、大丈夫でした。

あるいみ、おやとしてはおおさぼりだったとも言えます。

その分投資はしましたから、それが活きたと

自負することにしています。

世界の論文は 海賊は成し遂げなかったけれど、英語によって征服されているのがいまの 現状です。

もし、そこへ討ち入る子供にしたければ英語圏をえらんでください。

自立した子供にするために 経験をいろいろさせ、自信のある子にしてやる努力を もって 応援団となりましょう。

島国人より、地球人をめざしませんか。

 





マダムキュリアスの進化お知らせ―クルーズマンズへ

何時も、ご覧いただいてありがたく思っております。

私の体験や 気づきが 皆様の海賊化のお役に立っていると、信じております。

今月後半から、クルーズ系記事を クルーズマンズとのコラボで 探しやすい、

使いやすい状況にすることになりました。

https://cruisemans.com/b/madamcurious

クルーズマンズは ネットの中で 多くの方から集めた情報をいっぺんにみることができる、便利なサイトです。

このマダムキュリアスは これからは クルーズでは ない、旅の情報を提供していこうと思っております。神社などが たくさん、ひかえておりますので。

ぜひ、クルーズマンズのほうでも たくさんの情報をゲットしてください。

私はずっと、海へのお誘いや旅のインフォーメーションなど発信しつづけます。

楽しいクルーズや 世界に であって、人生のぺージがより多く、増えてきますように。

人生たびつづけます。