那美も鷹也も旅行に出るのに 豪華なホテルなどにはあまりこだわらない。
国内などは 駅前のビジネスホテルをとるほどだ。
なので 結婚式のし出席とか 友人とランチなどの時以外は 都心などの高級ホテルに足を踏み入れることも ほとんど ない。
で、この 乗り込んだ世にいう豪華客船の豪華さは どうだろう。
本当に船とは思えない空間の広がりに 宇宙の星空のような 装飾の 広い吹き抜けが広がるロビー。
”へえーすごいね。うわさどおりかな”
”ほんとよね”と カーペットの引き込まれた ホールの中をエレベーターにすすんでいくと これもまた ガラス張りの鳥かごのようなかわいらしい形で すうぅと上下しているのが みえる。
カーペットの淡いベージュにあわせた 少し光沢を抑えた金色のドアのエレベーター。
乗り込むとやはり荷物を持った外人のカップルが ”ハロー”と にっこりする。
同年代くらいの 大柄の二人が 腕を組んで乗り込んでいるのが愛らしい。
こちらも”ハーイ”と かえして にっこりする、コミュニケーションの一歩目は これである。
わたしたちは8階のドルフィンデッキ。あちらも同じ階らしく8階ボタンが 光っている。
4階のフロント前から入ったので 4フロアーほどほかに止まることもなく
上がって
”ドルフィン”という 音声で空いたドアから 降りるとあちらは反対側のデッキらしく別れ際に”Have a nice day!”とこえをかけてくれた。
そこで”You too!”とかえす。コミュニケーションです。
やれやれ、ながい廊下だねと つぶやく鷹也のほうを見返せば 確かに 果てが見えないくらいの廊下が つづいている。
わたしたちの部屋は 番号から行くとずいぶん前なので、 だいぶ行くことになる。
それでも、ひっぱっているキャリーが動きにくいほどのカーペットのひかれた 廊下はここもなかなか 豪華である。
通り過ぎるドアの横に レターラックがあり部屋番号が書かれているので それを見ながら進んでいって 5分は歩いたとおもいながら、クルーズカードを差し込んで ドアを開ける。
インサイドキャビンを選んだので、窓はなくなどに当たる部分が鏡になっていて
反対側のテーブルの上の鏡とあいまって、部屋が広く見えた。
何時も、適当にとまっている、ビジネスホテルなんかよりは とてもいい部屋である。
ドア付近は狭いが 入ってすぐの壁に収納や金庫があり 反対側はシャワールームとトイレと洗面台がコンパクトに収まっている。
そのほかにウォーキングクローゼットがあって たっぷり服がかけられるようになっている。
この仕様、初めて見たときに、便利さに感動したのを那美はよくおぼえている。
なにしろ、スーツケースの中身が 空にできるのだ。
ツアー旅行で 海外もずいぶん いったふたりだけど、たいてい、旅行社の主催するツアーはとても忙しくスーツケースも出すのは必要品くらい、夜討ち朝駆けならぬ、夜ついて朝早く出発で エジプトのアガサクリスティのとまったというホテルに行ったときも 建物の姿も見ることができなかったくらい。
荷物全部だして ゆっくりしていってねといわれているような 気がしてくる。
きれいにメイクされてあるベッドの上には 今日の船内新聞 オンザボードが置かれ、小さなカードに パールスターにようこそ!とかかれたものがそえられている。
先に宅配便で送った荷物は まだ届いていないようだ。
これも船の感動の部分。海外旅行で 成田に行くのにも 最近は 宅配で空港まで おくれるが、 飛行機には 自分でのせなければならないしテロ以来の厳しい重量制限もあるし、液体の管理もうるさいし、おりてもホテルまで 引きずっていかなければならない。
横浜出発のクルーズは 家から宅配で部屋まで 届くのだ。桟橋ではなく部屋まで届くので、あとは残りを自分でもてるぶんだけにすればいいし、重さ制限もないのである。帰りだっていざとなったら部屋から段ボールで出して そのまま宅配でおくればいい。
那美は普段から 小さく荷物をまとめるのが 苦手で つい心配になってあれこれ入れてしまうので このいくつ持って行ってもいいのが いたく気に入った。
鷹也は”そんなに何、持ってるの、9日間だよ”と うるさくいつもいってくる。
鷹也自身は芸術的なほどにパッキングがうまく、荷物も少ない。なので 半分呆れた雰囲気で いつもそういってきて 那美を いらいらさせる。
実際は 那美の大荷物の中のウィンドウブレーカーを貸したりしているんだけど
結局、殿様感覚の強い鷹也に その点を突っ込んだ言い返しをすると とんでもない反応が 帰ってくることがわかっているので 、
”いいの 荷物が多いのが好きなの”と できるだけいなして 自分のいらいらは しょうがないわ袋にしまってしまうのである。
結婚生活も長くなるとこのような 袋を 持つことが できてくるものなのだ。
とするとノックがされて ”ハウスキーピング”と こえをかけてきたので 開けると 可愛いエプロン姿の女性が にこにこしている。
彼女は この部屋の担当で マリアさんといってペルーから来ているらしい。
可愛い、ワンピースの制服にしっかりアイロンの利いたエプロンをきりりとしめてなんだかやるきまんまんの お嬢さん。頼りになりそうなかんじである。
なにか、あったら言ってくださいと たどたどしい、日本語で 自己紹介と 非常訓練のお知らせをしてくれた。
ふと横を見るとドアわきに スーツケースが届いている。
”ありがとう よろしくね”と ドア横のスーツケースを取りに行く鷹也のためにドアを ささえながら いう那美に きゅめいどうきはわすれないでと 金庫の上のオレンジ色の ライフジャケットを さししめして マリアは となりの部屋の移動していった。
”ちゃんと届いてよかったねー”とさっそくベッドの上にスーツケースを広げて 鷹也が 喜んでいる。
那美派クローゼットのほうで 広げようかと思っていたが おもいなおして 船内新聞を手に取った。
”これね、4時45分に 集合場所のステーションに集まるらしいわよ、必ず全員参加なんですって、で 場所はね ドアとクルーズキーにかいてあるんだって、”
確かにカードには ステーションAとある。そしてドアにはよくホテルなどにもある非常経路のような図がかかれていた。
”トイレ小さいねーシャワールームも 狭そうだなー”ペシミストの鷹也チェックは
バスルームでシェーバーなどを 並べながら声をかけてくる。
”ま、船だからね、あるだけまし”と返す那美は 訓練の説明文を読みながらいった。
英語の実力は那美のほうが 上なので あっちこっちで 添乗員の役をするのは 那美の旅の日常なのだ。
窓がないので、時間が良くわからないのだが 時計を見ると そろそろ、2時をまわるころだ。
”ねえ荷物適当にして 上にお茶のみに いってみない?”
いこういこうと いう鷹也にクルーズカード大丈夫と念を押して 二人は 部屋を出た。
クルーズカードは 旅行会社から送られてきたホルダーにいれて 首からかけてもってあるく。
何が大事といって 船の中でも外でもとりあえず一番大事なのは クルーズカードである。
部屋から出た二人は 一瞬どっちだっけと 見まわし、こっちと 来た方へ 歩きエレベーターへむかった。後ろの方で マリアが別の部屋に声掛けをしているのが聞こえる。
なかなかいいじゃない 那美は 胸が 高鳴るのを聞いていた。