小説クルーズパラダイス―オフィサーズボウルでクルーズの夜は廻る

”さあ Nami おどろう

カナディアンのウィルが さそいにくる。

ここは 船のラウンジで オフィサーズボウルが はじまっている。

オフィサーズボウルというのは フォーマルナイトの行われることの多い 催しで

普段操舵室に詰めていて 会うこともあまりないような 上級オフィサーが 礼装に身を包んで あらわれ、 乗客と ダンスを踊るというものらしい。

昼食のテーブルで いっしょになった カナダ人のカップルに ”ぜひでましょう、たのしいわよ”とさそわれ ダンスなど自信のない那美は みるだけでもとやってきたものだ。

鷹也は 海外で、留学だの仕事だのの経験があり ダンスはすこぶる上手なのだ。

日本で育った那美には とんと縁のない物だったので それこそ”いやいやいや~

となってしまう。

会場は 比較的 狭いラウンジなので つめかけたひとで 一杯ではある。

礼装のスマートなオフィサーが壁際に並んでいる、女性オフィサーは 白のミリタリー風のジャケットに思い切りスリットの深い濃紺のタイトスカートに ヒールのパンプスで それもまた かっこうがいい。

はじのほうにいる ちょっと華やかな かたまりは ショーダンサーたちで、 鍛えられた体にドレスやタキシードが ピッタリで 映画のシーンの様。

お化粧だけは ちょっとドレスダウンで 中欧からの女性など目を見張るほどの美女だ。

”いいねいいね ̄キレイどころがいっぱいだなあ

鷹也は 目の保養にいそがしい。

立っている側と反対の入り口からくだんのカナダ人カップルがやってくる。

彼らは リタイアした 学校の先生で おおがらの ふっくらした感じの良い人達である。奥様の マリアは あかるくて ユーモアの利いたおばさまで 食事の席で 言葉を交わしてすぐに親しくなった。

ご主人のウィルは 背の高い太めのオジサマで これも 良い感じの人である。

アメリカの人とは ちょっとちがう 押しつけがましくない 話の しかたなどで

那美の自信のない英語にも くったくなく 話してくれる。

さすが元学校の先生だ。

”どう、もうすぐはじまるわよ ほらキャプテンがきたでしょう。

オフィサーズボウルは キャプテンと 高齢の 素敵な マダムのダンスで 始まるらしい。

アナウンスでは 乗客の中の 一番乗船時間の長い人となっていた。

相当の高齢に見えるマダムは 壮年のキャプテンにしっかり寄り添って レースのドレスをひらめかせている。

曲はっゆったりしたワルツ。足はしっかりステップを踏み くるくるフロアーをまわっている。

一曲終わり サイドにきたマダムが 杖を突いたときには 驚いた。

足が悪いか何かなのに あのかろやかさ。

侮れないレディではある。

そして次のアナウンスで 催しの中身が分かった。

各オフィサーは くじ引き状態になっていて 誰かと踊って1曲終わると あたりのオフィサーが発表される。

あたると その相手の乗客は オフィサーについていた商品、シャンパンや オンボードクレジットやレストランの食事券などが もらえることになっているらしい。

曲が流れ様子の分かっている乗客たちは 一斉に オフィサーの並んでいる壁にいって くるくると踊り始める。

”ねえねえ 大変だね^海の男は 踊れなきゃならないんだよ

”男だけじゃないわよ女性もでしょ

アジア系の数名のオフィサーが残り気味だったが カナディアンのマリアは

”わたしは 彼と踊ろうかしら

と進み出ていく、その彼は フロアーでは 他より滑らかにすべるようにおどって 大柄なマリアを 軽やかに回したり 流したり あつかっている。

とても楽しそうだ。

1曲終わるごとに 発表があり歓声が上がりまた 次へと みんな入れ代わり立ち代わり踊り続け、オフィサーは 休む間もなし。

”ほらほら 那美おいで、

”私は踊れないんです~”大丈夫 大丈夫と ウィルが フロアーに那美をつれだした。

曲は 簡単なブルースだが 那美は ダンスのステップもしらないので ウィルの足を踏まないかとひやひやである。

でも 彼は2mちかい大男なので なんだか自分が 小さくなったようで ちょっといい気分である。

そして 上から うでをとって くるくるまわされてしまう。

ああ、みんなこうやって くるくるになるんだと 心の中で おもいながら 次第に おんがくになれてくるようだ。

”ほーら 彼女大丈夫おどれるよと 額に汗して 鷹也のもとに那美をもどしながら ウィルもたのしそうだ。

”ねー 楽しいでしょう これは逃せないイベントなのよー

マリアもおどりおえて カクテルを片手に 一息ついている。

ダンスって けっこう運動量のあるものなのねと おもいつつ、 那美は ウィルにお礼をいった。

次の曲は今度はカップルで フロアーに出ていく、

”あれは やっぱり若いころ相当一緒に踊ってるね

大柄な おばさまとオジサマは いとも軽やかに フロアーをまわっている。

ふたりして 一生 ぴったりよりそってきて いま リタイアライフを楽しんでいる お手本にしたい カップルである。

日本人の社交ダンスを習っているカップルの踊る硬い感じのダンスではなく

可愛いくらいにぴったりなのだ。

フロアーの隅では つれてこられて退屈している 6歳くらいの女の子の相手を

美女ダンサーチームが している。子供は ご機嫌そうで 上手に相手をしているのがわかる。

夜は 更けてもダンスは続く。生まれて初めての舞踏会デビューの那美だった。

 

小説クルーズパラダイス―誰と行く何故行くクルーズそれぞれの旅

”year!  もいっかいね。 one two one two

オージーのシェインの 日本語ちゃんぽんの 掛け声が響く。

(もー だめかもー

那美と クレアが 腹筋トレーニングクラスで 汗をかいて 30分。

最初は アンとであった 朝のストレッチで 気軽に心地よくしていたが

そのあとの 腹筋トレーニングに 気が引かれ のこって続けてみたのだ。

20人ほどいて スタジオが結構窮屈だったのに 残ったのは 結局 那美とクレアの二人だけだった。

クレアは アメリカ人のニューヨーク美人、金髪の形の良いショートカットの長身の素敵な 人である。

なにせ 二人しかいないので 自己紹介しあい シェインに言われるがままに

体を動かした。

最後の向いあってのクランクでは 汗が ぽたぽた滴り落ちる。

クレアの顔も真っ赤である。

”OK~ ありがとございました~Thank you good job you too!!

きついけれどそう快感もある トレーニングを おえて 二人で よろよろ立ちあがる。

”部屋で シャワー浴びなきゃね、という那美に ほんとほんとと うなずいて

ふたりは ジムを後にした。

まだ 午前中の朝も早く 鷹也は おきたかどうかも わからない。

とりあえず、 バフェで コーヒーを飲んでいかなきゃと おもって かいだんをおりて いった バフェのテーブルで クレアが 手を振っている。

”NAMI! コーヒー?

”そうなのよ 汗かいたからねー

と那美が 向かいの席に 誘われるままに 腰を下ろす。

”イヤーきつかったね といいつつ、気分だけは 何だか爽やかで コーヒーがおいしく感じられる。

”Nami 一人できているの?

”ううん、主人とよ、彼は まだ 寝坊しているのよ今頃起きたかな、

朝食を食べにいかなきゃねー、クレアは?

”いいわねー うちの主人は クルーズが嫌いなのよ、

”そうなの、一人の人っておおいよね、

”そうねー

こんな美女一人で 出して しんぱいしないのかなと余計なことを考えつつ

今日何するのとかの話になって 夕方のミュージックトリビアを一緒にしようということになった。

“まかしといて 音楽は とくいなのよ!じゃあ 夕方ね Have nice day!

するりと立ち上がって いく後ろ姿に you too を おくる。

 

”かっこいいのよねー いかにもアメリカンな美人でねー 独身かとおもっちゃった

”いいね アメリカ金髪美人すきだなー トリビア見に行こうか

と ちょっと興味津々だった鷹也だが 結局夜の 時間前のナップタイムで ゆうがたの トリビアには 那美一人でいった。

この日は フォーマルナイトだったので 5時以降は着替えなくてはならないが、

4時半のトリビアは 集まっている乗客も 半々くらいのドレスアップ率だった。

ディスコラウンジの 紫いろのソファで始まりを待っている 人の間を抜けて

カウンターのそばの安楽椅子でクレアを待った。

”Hai~ Nami

白いシャツにデザイナージーンズのクレアは ニューヨークから そのまま着た感じで 嬉しそうに腰をおろした。

実際 始まってみると 他のトリビアのようにパワーポイントは使わず 要はイントロクイズで 別にチームも必要なく自分で わかって書き込んでいく形式だった。けれどやはりクレアと組んで正解。

最近ポップスなどを 聞く機会が なくなっている那美には 難題ばかりの曲である。

”マルーン5ね、曲名はえーと、と クレアは サラサラ当てていく。

那美が 協力できたのは イギリスのグループコールドプレイの Viva La Vidaくらいで もう後は エーなんだっけ きいたことがあるのに―ばかり。

一人でしたら惨敗だった、が惜しくもさすがのクレアも hip-hopのなんちゃらの

曲名が当てられず、優勝には手が届かなかった。

まったく、何でも知っている人っているもので 今回も パーフェクトのチームがあったので みんなで感心しあう。

”残念だったねー 次にまたね

着替えなくてはならない 女子2名さっさと 部屋へ向かう。

この後一緒に何とかとかなりにくいのが クルーズのいいところである。

さりげなく分かれどこかで出会ったら また こえをかけあうという、つかず離れずの知り合いい関係が うまく続く。

数千人乗っているのだから 知り合い全員と深く付き合ったら それは大変なことになるし、暗黙の了解なのかもしれない。

”これでいい?

小さいブートニアを つけた 黒いタキシード姿の鷹也は なかなか決まっている。

”うんうん きまっている。

那美は 濃紺の サージのドレスに同じ ブルー味のあるバラのコサージュを止めつける。ネックレスは しつこいので 無しにして大きめの サファイア風の垂れるピアスが 定番だろう。

銀のパンプスのストラップ横に ドレスの切り替えのプリーツが揺れる。

”ストールはいるわよね きっと寒いから

”シアターは冷えるかな もった方がいいかも。

銀の猫型の パーティバッグと 小さめの布バッグに夜空の宇宙柄のストールを詰め込む。

”ああそこの 金髪美人がクレアよ ほらあそこ

イタリアレストランの横に ドレスアップの行列ができている。

どうやら、会員のプライベートパーティがあるので 開場まちをしているらしい。

すっきりした長身によく似合う、リトルブラックドレスをまとったクレアが 脇の 若い娘と 話している。

大きな スタッドのエメラルドのピアスが 金髪に生えている。

話相手の子は高校生か 女子大生か シンプルな ピンクのふわふわした ドレスのブルネットの まじめそうな 子で クレアとなにか 話続けている。

こちらには気がつかないので 声もかけずに通り過ぎるが 鷹也は ふりかえってみてモデルなみにかっこいいねと 目の保養ができた、これだからクルーズは いいなとか何とかつぶやいている。

バフェで 話したときには 特に否定しないし ご主人がクルーズをきらいなのと さみしそうだったので すっかり 一人と思い込んでいたけれど、お嬢さん連れていたのとは驚きだった。

それもあんなに大きい子がいるとは夢には 思わなかったから。

でも 何時も体を触れ合っていないと離婚などと 夫婦が くっついているというアメリカ人に中で 子供だけ連れてクルーズにいつもだなんて 確かに淋しそうと思わず クレアの家庭環境に思いをはせてしまう。

あの列に並んでいる以上 相当数のクルーズに入っているはずだから いつも 子供だけを相手にひとりで 行くのかしら、日本では ふつうだけどなんだか アメリカでは つらそうだ。

自分たちのように 楽しみだけに来ている人もいれば そうじゃなさそうな人もいそうで クルーズは 不思議なところとますます思う那美だった。