小説クルーズパラダイス―横浜から南へ出港

“いやいや~ なかなか まじめな訓練だったねー こんなに本格的にするとはしらなかったよ。海軍のようだよ、さすが船旅だな。”

鷹也は あたらしい体験に興奮気味、那美も このちゃんとした避難訓練に 驚きはやはりかくせない。

”ほんとよね、 背の順にならばされたり、全員揃うのがこんなに大変とは おもわなかったわ、結構たたされてるじかんがながくて 年配の人なんか気の毒だったよね。小さい子も退屈しちゃうし 真剣なものだってもっと のる前に 触れ込んでおいてもいいかもね”

3000人もの乗客なので 一か所ではなくあちこちを マスターステーションときめて そこに集まるのだが なれて さっさと 行動する人ばかりでは なかったので 人数確認に時間が けっこう掛かった。若そうな外人や日本人のスタッフが何人もで 無線で 連絡しあっていたが なかなか始まらないし どうしていいかわからないので みんな何となく手持ち無沙汰に待っている。

しばらくして集まったグループの中で 背の順にならばされて 数を確認していた。クルーズカードは 読み取り機にかけてあるので、ずいぶん念の入った感じだが、クルーズ船はめったに事故を起こさないし、トラブルも少ないけれどもしものことは いつも考えているのかもしれない。

そう思えば 安心なので、我慢我慢とまじめな那美は あくびをおしころした。

結局、日本人のグループが 代表だけ参加すればよいとかんちがいして 集合場所に来なかったらしく、 集まっていた仲間の携帯で 連絡がついて うまくおさまった。

日本は ほとんど発着クルーズなどなくて わけのわからない乗客がおおかったから 仕方がないにしても なれた方には 申し訳ない話である。きっと

添乗員も旅行会社もよくわかっていなかったのだろうから この先よく 客に教えておいてほしいと思う。

”そろそろ 出港かな ベイブリッジくぐるの 見に行こうか”

二人は 部屋にライフジャケットをもどして またエレベーターに向かう。

だいたい部屋の位置は 船の前方に三分の二ほど言った部屋なのだが 3か所あるエレベーターの一番近いところでも けっこう距離があるのだ。

船は出港近くらしく、 エンジンの振動が つたわってきている。

エレベーターは 上に行く客で結構な混雑だったが なんとか のせてもらって

プールのある14階にあがって みんなで どっとおりて デッキサイドへ向かう。

BO0000000

大きな汽笛をならして 船が 進み始める、数分で ベイブリッジをくぐるのだが プールサイドのでは バンドの演奏で スタッフと乗客が 踊っている。

これがウェルカムアボードパーティらしい。

“ほら上、うえ”

とすると デッキ中の人が 上を向く、そこには ベイブリッジがあって すれすれに 通り過ぎるので イベント状態になっているのだ。

わぁぁ~と 歓声とパラパラ拍手も沸き起こる。通りすぎて入港したから出られるのは当たり前と思ってい那美に 潮位で高さが 変わるからね けっこうリスキーだよと 鷹也が講習してくれた。なんでもよく調べる男なのである。

そっかーと うなづきつつ海原に目を移すと 暗くなりつつ海の向こうにある陸地を前景に夕日は沈んでいこうとしている。

海風もそろそろ、冷たい。

入って食事に行くしたくしなくちゃと 景色に 浸っている鷹也を促して

デッキを歩き始めた。

小説クルーズパラダイス―クルーズライフルーキー

那美も鷹也も旅行に出るのに 豪華なホテルなどにはあまりこだわらない。

国内などは 駅前のビジネスホテルをとるほどだ。

なので 結婚式のし出席とか 友人とランチなどの時以外は 都心などの高級ホテルに足を踏み入れることも ほとんど ない。

で、この 乗り込んだ世にいう豪華客船の豪華さは どうだろう。

本当に船とは思えない空間の広がりに 宇宙の星空のような 装飾の 広い吹き抜けが広がるロビー。

”へえーすごいね。うわさどおりかな”

”ほんとよね”と カーペットの引き込まれた ホールの中をエレベーターにすすんでいくと これもまた ガラス張りの鳥かごのようなかわいらしい形で すうぅと上下しているのが みえる。

カーペットの淡いベージュにあわせた 少し光沢を抑えた金色のドアのエレベーター。

乗り込むとやはり荷物を持った外人のカップルが ”ハロー”と にっこりする。

同年代くらいの 大柄の二人が 腕を組んで乗り込んでいるのが愛らしい。

こちらも”ハーイ”と かえして にっこりする、コミュニケーションの一歩目は これである。

わたしたちは8階のドルフィンデッキ。あちらも同じ階らしく8階ボタンが 光っている。

4階のフロント前から入ったので 4フロアーほどほかに止まることもなく

上がって

”ドルフィン”という 音声で空いたドアから 降りるとあちらは反対側のデッキらしく別れ際に”Have a nice day!”とこえをかけてくれた。

そこで”You too!”とかえす。コミュニケーションです。

やれやれ、ながい廊下だねと つぶやく鷹也のほうを見返せば 確かに 果てが見えないくらいの廊下が つづいている。

わたしたちの部屋は 番号から行くとずいぶん前なので、 だいぶ行くことになる。

それでも、ひっぱっているキャリーが動きにくいほどのカーペットのひかれた 廊下はここもなかなか 豪華である。

通り過ぎるドアの横に レターラックがあり部屋番号が書かれているので それを見ながら進んでいって 5分は歩いたとおもいながら、クルーズカードを差し込んで ドアを開ける。

インサイドキャビンを選んだので、窓はなくなどに当たる部分が鏡になっていて

反対側のテーブルの上の鏡とあいまって、部屋が広く見えた。

何時も、適当にとまっている、ビジネスホテルなんかよりは とてもいい部屋である。

ドア付近は狭いが 入ってすぐの壁に収納や金庫があり 反対側はシャワールームとトイレと洗面台がコンパクトに収まっている。

そのほかにウォーキングクローゼットがあって たっぷり服がかけられるようになっている。

この仕様、初めて見たときに、便利さに感動したのを那美はよくおぼえている。

なにしろ、スーツケースの中身が 空にできるのだ。

ツアー旅行で 海外もずいぶん いったふたりだけど、たいてい、旅行社の主催するツアーはとても忙しくスーツケースも出すのは必要品くらい、夜討ち朝駆けならぬ、夜ついて朝早く出発で エジプトのアガサクリスティのとまったというホテルに行ったときも 建物の姿も見ることができなかったくらい。

荷物全部だして ゆっくりしていってねといわれているような 気がしてくる。

きれいにメイクされてあるベッドの上には 今日の船内新聞 オンザボードが置かれ、小さなカードに パールスターにようこそ!とかかれたものがそえられている。

先に宅配便で送った荷物は まだ届いていないようだ。

これも船の感動の部分。海外旅行で 成田に行くのにも 最近は 宅配で空港まで おくれるが、 飛行機には 自分でのせなければならないしテロ以来の厳しい重量制限もあるし、液体の管理もうるさいし、おりてもホテルまで 引きずっていかなければならない。

横浜出発のクルーズは 家から宅配で部屋まで 届くのだ。桟橋ではなく部屋まで届くので、あとは残りを自分でもてるぶんだけにすればいいし、重さ制限もないのである。帰りだっていざとなったら部屋から段ボールで出して そのまま宅配でおくればいい。

那美は普段から 小さく荷物をまとめるのが 苦手で つい心配になってあれこれ入れてしまうので このいくつ持って行ってもいいのが いたく気に入った。

鷹也は”そんなに何、持ってるの、9日間だよ”と うるさくいつもいってくる。

鷹也自身は芸術的なほどにパッキングがうまく、荷物も少ない。なので 半分呆れた雰囲気で いつもそういってきて 那美を いらいらさせる。

実際は 那美の大荷物の中のウィンドウブレーカーを貸したりしているんだけど

結局、殿様感覚の強い鷹也に その点を突っ込んだ言い返しをすると とんでもない反応が 帰ってくることがわかっているので 、

”いいの 荷物が多いのが好きなの”と できるだけいなして 自分のいらいらは しょうがないわ袋にしまってしまうのである。

結婚生活も長くなるとこのような 袋を 持つことが できてくるものなのだ。

とするとノックがされて ”ハウスキーピング”と こえをかけてきたので 開けると 可愛いエプロン姿の女性が にこにこしている。

彼女は この部屋の担当で マリアさんといってペルーから来ているらしい。

可愛い、ワンピースの制服にしっかりアイロンの利いたエプロンをきりりとしめてなんだかやるきまんまんの お嬢さん。頼りになりそうなかんじである。

なにか、あったら言ってくださいと たどたどしい、日本語で 自己紹介と 非常訓練のお知らせをしてくれた。

ふと横を見るとドアわきに スーツケースが届いている。

”ありがとう よろしくね”と ドア横のスーツケースを取りに行く鷹也のためにドアを ささえながら いう那美に きゅめいどうきはわすれないでと 金庫の上のオレンジ色の ライフジャケットを さししめして マリアは となりの部屋の移動していった。

”ちゃんと届いてよかったねー”とさっそくベッドの上にスーツケースを広げて 鷹也が 喜んでいる。

那美派クローゼットのほうで 広げようかと思っていたが おもいなおして 船内新聞を手に取った。

”これね、4時45分に 集合場所のステーションに集まるらしいわよ、必ず全員参加なんですって、で 場所はね ドアとクルーズキーにかいてあるんだって、”

確かにカードには ステーションAとある。そしてドアにはよくホテルなどにもある非常経路のような図がかかれていた。

”トイレ小さいねーシャワールームも 狭そうだなー”ペシミストの鷹也チェックは

バスルームでシェーバーなどを 並べながら声をかけてくる。

”ま、船だからね、あるだけまし”と返す那美は 訓練の説明文を読みながらいった。

英語の実力は那美のほうが 上なので あっちこっちで 添乗員の役をするのは 那美の旅の日常なのだ。

窓がないので、時間が良くわからないのだが 時計を見ると そろそろ、2時をまわるころだ。

”ねえ荷物適当にして 上にお茶のみに いってみない?”

いこういこうと いう鷹也にクルーズカード大丈夫と念を押して 二人は 部屋を出た。

クルーズカードは 旅行会社から送られてきたホルダーにいれて 首からかけてもってあるく。

何が大事といって 船の中でも外でもとりあえず一番大事なのは クルーズカードである。

部屋から出た二人は 一瞬どっちだっけと 見まわし、こっちと 来た方へ 歩きエレベーターへむかった。後ろの方で マリアが別の部屋に声掛けをしているのが聞こえる。

なかなかいいじゃない 那美は 胸が 高鳴るのを聞いていた。

小説クルーズパラダイス―クルーズの呪い

”もしかして アン?”

彼女は ふと 一瞬考えたのちに”Namiね! 何という偶然かしら”

そのとおり そのひとことでしかいいようが ない、こんなことってと 那美は 心の中で つぶやきながら カナディアンのあたたかいハグを 楽しんだ。

何しろ、この地球上には20000以上のクルーズがあって、 400くらいのクルーズ船があって、一隻のこの船の中でも 3000人のお客が乗っていて 一日中 船内を 移動している私が 彼女に会う確率の低さを おもうと 神が本当に引き合わせたんじゃないのとしかおもえないことなのだ。

おもえば、3年前 仕事に余裕の出てきた 鷹也に さそわれて

はじめての クルーズに乗ったときのことになる。

横浜から出る船に 大桟橋から乗船するために 日本大通りの駅から 迷いながら歩いてきたが、 何しろ横浜にとんと 縁がないので よくよく調べたつもりで、 結局方向をまちがえて、大回りになってしまった。

ちがうんじゃない?と きがついて 戻ってくれば、スーツケースを持った人の流れが あるのに気が付いて ながれに合流する。

ネットでいろいろ調べた情報では とてつもなく大きいビルディング並みの船という。見えてくるかなと期待していたのに 建物や 並木や橋のような構造物にさえぎられて なかなか見えてこない。

とすると、大桟橋への道が ぐっと開けたときに それが 眼に入ってきた。

おとぎ話の海賊船のようではないけれど、那美の中では十分、おとぎ話化してしまいそうな 真白の船が そびえていたのだ。ざっとみて 13階以上はありそうだ。

”へええ すごいね、きれいきれい”

それまで そんなに乗り気じゃなかった 那美の胸の内で 何かがはじけた。そして あたらしい、なにかが 急激に膨らんでいった。

桟橋の中には たくさんの人が乗船の手続きを待っている。

入り口の車回しには 続々とタクシーやバスもきて、どんどん人は増えてゆく。

こんなに乗れるのねとおもうと、 先程から 膨らんでいるなにかが どんどんおおきくなってくる。今思うと、あの時、中毒したなと 那美は 思いかえすことがしょっちゅうあるのだが、 ほんとにドラマの運命的な出会いの様だったのよと うれしく受け入れてしまうのだ。

クルーズという言葉もほとんど聞いたこともなく、船にも旅自身にもイメージすらなくここまで 来たけれど、 この魔法の世界からやってきた 豪華客船に すっかり 呪いをかけられてしまったのだ。

呪い・・・まさに 言い出しっぺの鷹也ならいいそうなことだ。

ほんにんはひょうひょうと 旅行会社にも行き、様々な手配を すませて 今もご機嫌よくニコニコ桟橋を上っている。

今回まったく意図せずに この アルカディアクルーズのパールスター号の リニューアル後のバージンクルーズに のることができるのだ。

いつもなんとなく その辺が ラッキイな 鷹也の 御利益と思って 夫婦趣味が そろってよかったなあと しみじみしてしまう 那美である。

いずれ 彼も自分の仕事にみきりをつけて リタイアライフに なるし、そうなったら 二人で世界遺産回ろうかと 月並みな未来予想も話のタネに なるこの頃である。みまわせば 同年齢のカップルのおおい 受け付け待ちの簡易椅子。

人数的に目立つのは 大柄なオーストラリアやアメリカ人と思しき カップル。

日本人もおもったより カップルが多い。やはり クルーズに乗るのは

気分のそろった 二人連れが いいのかもしれない。

待合いでまつひとを ぬけて いくのは やはり何らかの スペシャルティの資格のある人達だろう。整理券の順番がよばれ はりめぐらされたついたての 中へと入っていくとずらっとならべた会議テーブルのうえに ノートパソコンをならべて スタッフが客の手続きに大忙し。おおよそ30番くらいの番号札が立っている。

それはそうだ、3000人ちかく 乗船手続きだし、これだけでも 見ものと 那美は うきうきとみまわす。

”こちら24番へどうぞ” よばれて 進み出ると 日本人の女性スタッフが 迎えてくれる。

”ようこそパールスターへ、 パスポートとチケットをお願いいします”

横浜から出て日本を回るのでも 乗船時から アメリカに行くことになるのでパスポートは必須、もうこの瞬間から海外旅行となるのである。

そのまま パスポートは船に預け、番号のつい預かり券をうけとり、pcとチケットを照合して お部屋番号を 教えてもらい 船内案内図のついた 小さいケースにルームキーとなる クルーズカードを入れてくれる。

”いってらっしゃいませ”

そこを過ぎると 待ち受ける船のよこ腹にむかってゲイトに進む。

ニコニコ顔のスタッフがカメラをもって 船のかかれた 背景に おいでおいでと呼んでいる。

写真の苦手な 二人なので えええと パスしたいところだが まあ どうせ記念と背景前におさまって 一枚とる。いがいと、いい写真かもしれないよと いう鷹也にいいよいいよと こたえながら 那美は桟橋からわたるドアをすぎる。

なんだか 急に子供のころの遠足の前の胸の高鳴りが返ってきたと

”いよいよね”と 力の入った念押しを しながら 船へと渡っていく。

まだギャングウェイなんて言う言葉も しらなかった ルーキークルーザーのはじまりの クルーズ。

魔力満載のクルーズのきらきらの ロビーに すいこまれてしまったのだ。

一生のろわれてしまったとは 気づかなかった はじまりだった。